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ロイヴェイン・スタッツ/ロイとヴェイン

 部屋の中、俺はずっと座り込んでいた。

 ククルにしてしまったこと。それを考えると、もうどうしていいかわからなかった。

 黙らせるにしたって、ほかにいくらでも方法はあるのに。

 本当に。俺はどうしてあんなマネを?

「ロイ。開けろ」

 扉の外からじぃちゃんの声。きっと母さんが呼んだんだな。

「ロイヴェイン」

 低い声で名を呼ばれ、仕方なく鍵を開ける。

「辛気臭い顔をしおって」

 入ってくるなりそう言われる。

 じぃちゃん、ヘコんでる孫にひどくない?

「ライナスに戻っておったんだろう? 何をやらかした?」

 俺は答えられなかった。

「ロイヴェイン。何があった?」

 略称じゃないときはじぃちゃんが本気で話してるときだって、わかってるから。

 壁にもたれて座り込んで、仕方なく答える。

「…ククル泣かせてきた」

「それだけか?」

「…言いたくない」

 そう言った直後、うつむく頭にじぃちゃんの拳骨が落ちてくる。

 だから落ち込んでる孫に何すんだよって。

「それで、逃げ帰ってきて引き籠っておるのか?」

 答えない俺に、じぃちゃんは溜息をついて隣に座った。



 それきり何も言わないじぃちゃん。

 俺はひとり、考えていた。

 ロイとヴェインは別人として、俺は今までやってきた。

 俺はあの頃の俺じゃないんだから、別人なんだと思っていた。

 なのにククルは、同じだって言ったんだ。

 結局俺は何も変われてなんていなかったのか?

「…じぃちゃん、俺、上手くヴェインやれてたよね?」

 両方俺だと知るじぃちゃんなら答えてくれるかと、そう思って聞いてみる。

「バレたこと、なかったのにな」

「当たり前だろう」

 思ってもない言葉で即答されて、俺は驚いてじぃちゃんを見る。

「何で?」

「両方のお前を知る者が、身内しかいなかったからだ」

 ロイもヴェインも知ってるのは、家族とじぃちゃん、ノーザンさん、メイルさん、あとはククルだけだ。

「ほかはどちらかしか知らぬだろう? 会うことはあっても付き合いはない」

 そう言われて初めて気付く。

 どちらも自分だと知る者は、身内のほかにはククルしかいないってことに。

「…じゃあ、両方知ってればバレても当然…ってこと?」

「ククルちゃんにもお前から話したのだろうし、仮定でしかないがな。…ロイ、お前は別の人間にでもなったつもりだったのか?」

 図星を指され、俺は黙り込む。

 呆れたように俺を見ていたじぃちゃんの目が、少しだけ伏せられた。

「元はと言えば、儂が頼んだことだったな。気付いてやれず、すまなかった」

 珍しく、頭を撫でられる。

 俺は何も言えないまま、立てた膝に顔をうずめた。



「それで、ククルちゃんとは何があったんだ?」

 俺が落ち着くのを見計らってから、じぃちゃんがまた聞いてくる。

「…ククルに、ロイとヴェインがどっちも俺だって言われて。そんなハズないって苛ついて」

「泣かせるようなことをした、と」

 顔を見ないまま頷く。

 何をしたかまでは、言う気はなかった。

 じぃちゃんはしばらく続きを待ってから、大きな溜息をついた。

「そうか」

 そこに呆れたような響きはなく、少し後悔の混ざるような、そんな声に聞こえた。

「ククルちゃんは思ったよりお前自身のことを見てくれていたんだな」

「え?」

 顔を上げると、困ったように笑われる。

「お前がヴェインとして接したのは、最初の数日だけだろう?」

 確かに、ククルにロイだと言ってからは、ヴェインのときも話し方を変えるくらいしか意識してない。

 ヴェインのつもりで接した数日。そのときのヴェインとそのあとのロイの、共通点がわかる程。

 ククルは俺を、見てくれてたってことなのか?

 何故か感じる嬉しさと、同時に襲う後悔と。

 収拾のつかなくなった感情に、俺はどうしようもなくなってじぃちゃんを見た。

「…何か、頭の中がめちゃくちゃで。何で俺、嬉しいとか思ってんのかな…?」

「ロイ、お前…」

 信じられないものでも見るような目を向けて、じぃちゃんがまた溜息をついた。

「…ここまでどうしようもない奴だとは」

「何だよ…」

「何が嬉しいのか、ゆっくり考えてみるといい」

 そう言ってじぃちゃんは立ち上がり、部屋を出ていった。



 ひとりになった部屋で考える。

 ククルが俺のことを見て―――知ってくれてたって思って、嬉しかったのだとしたら。

 俺は、どうして嬉しかった?

 浮かぶひとつの可能性。でも、そんなハズは、ないんだ。

 俺はただ、ククルの反応が面白くてからかってただけだ。周りにいないタイプだから。真っ赤になってうろたえてるのがかわいいから。

 だから。それだけのハズなんだ。

 キスしてやろうかと思ったのも。抱きしめたいって何度も思ったのも。

 からかってた、だけなんだと―――。

 あぁもう。溜息しか出てこない。

 ―――本当にバカげた言い訳だと思う。

 でもそれを認めると、俺は自分が許せなくなる。

 どうしてあんなことをしたのかと。

 どうしてもっと早く気付けなかったのかと。

 黙らせるのにキスを選んだのも。

 自分を止められず彼女を求めたのも。

 全部そのひとことで説明がつくのに。

 今までそれなりに経験してきたハズなのに、こんなに自分を見失うなんて。

「…バカだな、俺…」

 今更後悔したって遅すぎる。

 今の俺にわかってることは、それだけだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  うーん……。  ロイ、意外と素直ですね。  それにしても、ククルがこんなに  モテてしまったのでは、テオが大変すぎるっ!  ククル。無自覚最強説。
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