三八二年 実の四十一日
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します!
昼の営業も一段落し、ある程度仕込みを終えたテオも宿へ戻った。夜の営業にはまだかなり早く、ククルは残りの仕込みをしながら過ごしていた。
カランと鳴ったドアベルに顔を上げると、前髪を上げたロイヴェインが扉を開けたまま手を振った。
「久し振り」
そして、開けられたままの入口から、ぞろぞろとゼクス、メイル、ノーザンが入ってくる。
「久し振りだな、ククルちゃん」
微笑む三人に、ククルは驚いて手を止めてカウンターを出る。
「皆さん来てくれたんですか?」
「ああ、直接お礼も言いたかったしな」
「お礼?」
きょとんと見返すククルに、メイルが笑う。
「心の籠ったお返しをありがとう。ちゃんと受け取ったよ」
「いえ、私のほうこそあんなに素敵な物を頂いてしまって…」
カウンターに置いた花瓶を振り返ってから、ククルは微笑む。
「とっても嬉しかったです。大切にしますね」
心からの言葉に嬉しそうに頷いてから、ゼクスがちらりと一番うしろのロイヴェインを一瞥する。
「儂らはちゃんと送る手筈をしておったんだが、こやつが勝手に持っていってしまってな。何かまた余計なマネをしたんじゃないかと…」
ゼクスが前を向くなり、言わないでとばかりに手を合わせて無言で謝るロイヴェイン。
正直あれはやりすぎだとは思っているので、話してしまおうかとも考えたのだが。そうなると、耳をかじられたと話さなければならなくなる。
(…言えない……)
思い出すだけで恥ずかしい。話せるはずがない。
「…その、大丈夫ですよ」
そう言うと、ロイヴェインは明らかにほっとした顔を見せ、嬉しそうな笑みを見せた。
荷を置きに行くとゼクスたちが店を出て、ほんのしばらく。
「ククル〜! さっきはありがとう」
ひとり戻ってきたロイヴェインが入るなりそう告げる。
「じぃちゃんに知られたら何されてたか」
ホントありがとう、と重ねて言うロイヴェインに、ククルは苦笑して頷く。
「もうあんなことしないでくださいね?」
「わかってる! もうあれはしないから」
こくこく頷くその様子に、ククルはもう水に流すことにした。
許してくれたと気付いたのだろう、笑みを見せてから、そういえば、と続ける。
「俺にもお返しありがとう」
「いえ、あれしか思いつかなくてすみません…」
結局ククルは、ゼクスたち同様刺繍をしたハンカチを贈った。もちろん図案はロイヴェインにもらった花瓶と花だ。
同年代の男性に贈るものではないような気もしたが、他に思いつかなかった。
恐縮するククルを見つめるロイヴェインが、僅かに口角を上げる。
「嬉しかったよ?」
言葉と共に、すっと手を取られる。
「刺してる間、俺のこと考えてくれてた?」
ぎゅっと握られた手が、ロイヴェインの口元に引き寄せられて。
まっすぐククルを見つめたまま、ロイヴェインは指先に唇をつける。
「ロイさんっ?」
笑みを深くし、ロイヴェインは唇を離した。
「なんてね。ククルってば真っ赤」
「ロイさんっっ!」
真っ赤と言われてさらに赤面するククルに、くすくす笑ってようやく手を放す。
「もうしないって…」
「うん。あれは、ね」
しれっとそう返し、ロイヴェインは睨みつけるククルをまじまじと見つめて。
「ククル、怒ってもかわいいね」
「ロイさん!!」
「ほめてるのに」
間違いなくからかっている台詞を残し、ロイヴェインは店を出ていった。
結局またからかわれたと、ククルはその場に立ち尽くし、溜息をついた。
夕食を食べに来た一行。ロイヴェインはカウンター内で忙しなく動くククルを横目で見る。
本当に慣れてないのだろう、何をしても赤くなって慌てて。それなのに何度からかってもすぐ許してくれる。
どこまで許してもらえるのか試しがてら、いっそのことキスでもしてやろうかとちらりと思う。
(って、何考えてんだろ、俺)
自分の周りの遊び友達と同じように接してはいけないとわかってはいるし、彼女のほうに自分と遊ぶ気がないこともわかっている。
もちろん、そんなことをすれば冗談では済まなくなることも。
あくまで自分はからかっているだけ。 だから、その程度、の範囲で。
次はどうしようかと考えていると、ククルが食事を運んできた。
香辛料を効かせて焼かれた肉は美味しくはあったのだが。
半分程食べたところで水を飲みきってしまい、顔を上げると。
「お水、どうぞ」
いつから見ていたのだろうか、にっこり笑ったククルに水を注がれた。




