ジェット・エルフィン/ゼクスの孫
イルヴィナから帰ってすぐ。ウィルに事務室に呼び出された。
「まずはお祝いしておきますね。おめでとうございます、ジェット」
いきなり何だよ?
胡散臭そうにウィルを見るが、気にした様子もなく続けられる。
「ジェットには改めて英雄の称号が授与されることになりました。明の一日に式典を行いますので、このあと式典用の服の採寸に行ってくださいね」
…何言ってるんだ?
見返す俺にも表情を変えないウィル。
「辞退はできませんので、これからも英雄として励んでください」
「いらない」
「辞退はできません。ありがたく受け取ってください」
「いらないって」
ウィルにゴネても仕方ないってわかってるんだけど。やっと英雄辞められると思ってるのに。
睨みつける俺に、ウィルは仕方なさそうに肩をすくめた。
「どうせジェットのすることは変わらないでしょうから、俺も所詮は肩書だと思うんですけどね。辞めさせるなって嘆願が来てまして」
誰だよ余計なことしたの?
俺の心の叫びが伝わったのか、ちなみに、とウィル。
「複数来てますよ。本当にジェットは愛されてますね」
「そんな愛いらないって…」
本気でぼやく俺に、ウィルが笑った。
「仕事の話は以上です。あとは話したいことと、聞きたいことが」
そう言ったウィルから笑みが消える。
「ククルのことで、ジェットの耳に入れておきたいことがあります」
「クゥの?」
頷くウィルの表情に、あまりいい話じゃないことはわかったけど。
話された内容は、俺の想像なんて軽く越えるくらい衝撃だった。
何でクゥが、あの店で、そんな思いをしなきゃならないんだ?
何も言えなくなった俺に、ウィルも表情を曇らせる。
「何ていうか。泣いてるククルから、全く感情が読み取れなかったんです。俺が動揺してた分を差し引いても、おかしいとわかるくらいに」
クゥ本人も泣いてることに気付いてなかったとかって、それがどれだけ異様で痛ましい光景か、想像するまでもない。
「テオが気付いているので上手くやってくれてます。ジェットも留意しておいてもらえますか?」
「わかった…」
この前町にいたのに、気づかなかった自分が情けない。
いつも無邪気に笑って怒って。そんなクゥしか俺は知らない。
クゥは、俺の前でも我慢していた?
それとも俺が、させていた?
「ジェット」
強い声で名を呼ばれ、思考が途切れる。
「責めるなよ」
短いけど的確なウィルの言葉に。
俺は少し、救われた気がした。
落ち着きを取り戻した俺に、少し呆れたように笑って。それと、とウィルが続ける。
「聞きたいことなんですけど。ゼクスさんの孫ってどんな方か知ってますか?」
「何で急にそんなこと」
ごく普通の疑問だと思ったのに、ウィルは何だかバツの悪そうな顔をする。
「その孫本人からもプレゼントをもらったと聞いたので…」
「ああ。ヴェインさん。ライナスにも来てたって」
あんまりプレゼントを渡したりするようには見えないんだけど、と思いながら、イルヴィナにも来てたと言うと、ウィルは少し驚いたように俺を見てから首を傾げた。
「親しいんですか?」
何で急にそんなことを言い出したんだ?
「毎回挨拶程度だけど…。何で?」
「略称呼びなので、そうなのかと」
「略称?」
「ロイヴェインさん、ですよね」
は?
「ヴェインさんって、ヴェインじゃないのか?」
俺の疑問の意味がわからないんだろう、ウィルは眉をしかめて俺を見返す。
ヴェインと名乗られたと話すと、ようやく意味がわかったらしい。
「俺は本人から名乗られたのではなく、ちょっと、その、個人的に調べまして…」
…ウィル、クゥがプレゼントもらったんで気になったんだろうけど、補佐の立場利用して何やってんだよ?
最初にバツ悪そうな顔してたの、こういうことだったんだな。
にしても、ロイヴェイン…ってまさか?
「ウィル! ゼクスさんに男の孫ってほかにもいるのか?」
焦りまくった俺の声に、ウィルは驚きながらもひとりだと答える。
つまり。ヴェインさんと、じいさん共にあいつは駄目だと言われまくってたロイって奴は、同一人物ってことだよな?
怪訝な顔のウィルに、イルヴィナで聞いた話をすると、目に見えて顔色が変わった。
「それってどういう意味で駄目なんですか?」
「俺が知るかよっ! お前調べたんじゃないのか?」
「名前と年齢、所在地と職業しか…って、すぐ調べます!」
そうして翌日。ウィルから聞いたロイヴェインの評判に、俺はじいさん共のところに怒鳴り込みに行こうかと本気で思った。
ホントに! なんて奴連れてきたんだよ!




