ジェット・エルフィン/共に酒を ③
皆で杯を合わせ、飲みきって。
あとは夕方まで各自好きに過ごすだけ。
今日泊まりじゃないギャレットさんとウィルとだけは、早めに一緒に飲まないと。
ギャレットさんは石板の前でミランさんといた。近寄って、手に持つ酒を見せる。
「注ぎますよ?」
「まだ帰りがあるからね。程々で頼むよ」
そう言い笑うギャレットさんだけど、アレック兄さんと差しで飲んで平気な数少ない人だってこと、俺が知らないわけないだろって。
だからなみなみ注いでやる。
ミランさんはびっくりして見てたけど、どうするか聞くと笑って好きに注いでいいよと言ってくれたから、同じくらい注いだ。
俺も少しずつふたりに注いでもらって、三人で杯を合わせる。
「ライナスでは楽しんできたか?」
そう聞いてくれるギャレットさん。
「兄貴たちとも飲んできました」
そういうと、ああ、と頷いて。
「クライヴはジェットと同じで飲めなかったからな。三人で飲んでいても、いつも先に寝てしまって」
懐かしいな、と笑う。
そうそう。楽しそうにやってたよな。まだこどもだった俺は混ざれなくて、毎回悔しい思いをしてたっけ。
しばらく話すうちにギャレットさんとミランさんは、飲んでる酒の感想から始まり、あれが美味い、これもいいと、すっかり酒談義に入ってしまった。
…ミランさん、飲める人だったんだな。
飲みきったので次に向かう。
強くはないから、飲めなくなる前に約束を果たしておかないと。
ウィルはゼクスさんたちといた。ライナスでのことで交流ができたようだ。
「ウィル」
声をかけると、見上げたウィルに隣に座れと示される。
ウィルの杯と、ゼクスさんたちのにも酒を注ぐ。ヴェインさんの姿はなかった。
俺にも注いでもらう。ウィルにはどれだけ注がれるやらと思っていたが、ほんの気持ち程度だった。
「ツブすんじゃなかったのか?」
思わずそう聞くと、やめました、と言われる。
「連れて帰るのが大変そうなので」
ウィルなりに気を遣ってくれたんだろうか。
五人で杯を合わせて一口飲んだところで、ウィルが自分の荷物の中から取り出した包みを俺に突きつけた。
「ククルからです」
「クゥから? 何で?」
「御三方とお孫さんへのお返しを預かったついでです」
普通に返されるが、ちょっと待て。
「…最初から説明してくれるか?」
そう言うと、仕方なさそうに溜息をつかれる。
「ククルの誕生日に御三方からの贈り物を、お孫さんが届けてくれたそうです。そのお返しをしたいけれど連絡先がわからないと言うので、私に送ってもらって今日渡しました。ジェットの分も頼まれましたので」
「何で俺じゃなくウィルに」
「ジェットは留守のほうが多いでしょう?」
「好きで留守にしてるんじゃない!」
叫んだ俺を迷惑そうに睨むウィル。
それに。
「ゼクスさんたちは何もらったんだ?」
気になって聞くと、三人揃って白いハンカチを見せてくる。構図は違うが、三人共オレンジ色の花と水色の花瓶が刺されていた。
クゥが刺したんだろうけど、何で三人揃いの柄で?
俺の心中なんて気にせず、三人は勝手に喋る。
「しかしククルちゃんはよく考えたな。これなら間違いなく今年のお返しだ」
「そうそう。自分の分も刺したと書いてあったな」
「来年は紫の大輪なんかどうかと」
「いや、白も捨てがたい」
何か盛り上がってるけど、全く話がわからん。
ウィルに助けを求めると、あの柄と同じ物を三人が贈ったと言われた。しかも来年以降も花を贈って足していく形にしたらしく。
「造花なら店に飾れるからな」
「毎年楽しみにしてもらえるし」
「数年先まで約束を取り付けたようなものだからな」
喜ぶクゥの顔が目に浮かぶ。
誰の考えなんだか。かなり女受けのいいプレゼントなんじゃないか?
…でも、まぁ。
「クゥの為に、ありがとな」
クゥが嬉しいのは俺も嬉しい。
そう思って礼を言うと、お前の為じゃないと突っぱねられた。
酒を飲みきったウィルが、また違う包みを出してきた。中には結構な量のクッキーが入ってる。
「ククルからの差し入れです」
ウィル、一体どれだけ送ってもらってるんだよ?
数枚ずつ取ると、ウィルはほかにも配ってきますと離れていった。
「それにしてもククルちゃん、本当にいい子だな」
酒に合うようにだろう、塩の効いたクッキーを食べていると、メイルさんがしみじみとそんなことを言い出した。
「そうだな。ククルちゃんが孫の嫁に来てくれたら…」
ってゼクスさん? 何言って?
「いや、ゼクス。ロイは駄目だ」
「そうだな。ククルちゃんに申し訳ない」
俺が割り込むより早く、ノーザンさんとメイルさんが言い切った。
孫ってヴェインさんのことじゃないんだな。
「でもククルちゃんなら性根を叩き直してくれるかと」
いや、あれば無理だ、と断言するノーザンさんとメイルさんに、思わず吹き出しそうになる。
ゼクスさんの孫、ひどい言われようだな。
「この前の帰り際も、まさかと目を疑ったぞ」
「ああ。帰ってから殴っておいた」
三人で顔を見合わせ溜息をつく。
よくわからんけど、苦労してるんだな。
全く、と呟いて、ゼクスさんが俺を見る。
「ところでジェット。お前も世話になっとるあの事務員の青年のことで、少し話がある」
「ウィルの?」
頷くゼクスさん。
「今は時間がない。詳しい話はあとで気取られずに聞きに来い」
クッキーを配り終わったウィルがこっちに来るのが見えたから、わかったと頷いておく。
ゼクスさんとウィルは面識なかったはずなんだけど。何かあったんだろうか。
「それで、ジェットへの荷は何だったんですか?」
気になってたんだろう、隣に座るなりウィルが聞いてきた。
そういえばまだ開けてなかったな。
中にはさらに包みと、クゥからの手紙。
『前に来ていたときには間に合わなかったので、今日渡してもらえるようお願いしました。父さんの味に追いつけるようにがんばります。エト兄さんに、尊敬と親愛を込めて』
クゥらしい前向きな言葉に頬が緩む。
包みを開けると懐かしいものが入っていた。
掌くらいの長さの少し硬質な茶色い棒。
覗き込んだウィルが首を傾げる。
「干し肉ですか?」
「いや、魚だ」
肉が一切食べられなくなった俺の為に、兄貴が作ってくれた携帯食。肉をある程度克服してからは食べる機会も減っていた。
レシピ、残してくれてたんだな。
ウィルとゼクスさんたちに一本ずつ手渡して、自分もかじる。
濃い塩の味。燻した香り。きつめの香辛料。兄貴のより柔らかいのは、食べる日がわかっていたからだろうか。
ダンを呼んで渡すと、懐かしいなと笑った。
香辛料の割合なのか、記憶の中の味とは少し違う。でもそれでいい。
俺だってこれしか食べられなかったあの頃とは違うんだから。
一本食べきってから考える。
うん。これは、間違いなく。
ひとり頷き、立ち上がる。
「ダン、ウィル。火ぃ熾して」
「ジェット?」
らしくない素頓狂な声がウィルから上がる。
ダンも目を見開いて俺を見てる。
ゼクスさんたちだって、ものすごく驚いた顔してるけど。
「だってこれ、炙ったほうが絶対美味い」
俺は大丈夫、と視線で訴える。
そんな俺をまっすぐ見返すダン。
「…本気か?」
「ああ。悪夢は終わったんだから、皆だって許してくれる」
火には浄化の力もあるという。ようやく潰えた悪夢に、火を手向けるのもいいだろう。
「それに、クゥが俺の為に作ってくれたんだ。一番美味しく食べないと悪いからな」
つけ足した理由に、ウィルが盛大に溜息をついた。
まだ心配そうに見るダンに、大丈夫、と繰り返す。
「多分、見てる分には問題ないと思う。…つけるのは任せたいけど」
それに。
周りを見回す。皆が、いるんだから。
「もしぶっ倒れても、連れて帰ってくれるだろ?」
俺から皆への、全幅の信頼。
それを示すと、ダンもようやく表情を緩めた。
「ああ。約束する」
ぽん、と軽く頭を叩いて、ダンが歩き出す。
「俺は背負えませんからね」
仕方なさそうに呟いて、あとを追うウィル。
ありがとうと心中呟いて、俺はふたりを見送った。
「大丈夫か?」
元の場所に座ると、ゼクスさんたちが少し心配そうに聞いてくる。
「大丈夫だって。それより、今のうちに話」
ダンとウィル、あと数人加わって、どこに火を熾すか話しているようだ。
頷いたゼクスさんが声をひそめる。
「ギャレットが心配しておってな。補佐である以上顔が広いほうがいいんだが、どうにも人付き合いが悪いというか壁を作るというか」
あー…わかる。
「今日来ておる面々には奴の父親のことを知る者も多くてな。いい機会だと思うんだが、帰ると言い張っておる」
実は俺もウィルの親父さん、ザルナーさんのことを知ってるんだ。
家名のほうではピンとこなくてすぐに気付けなかったのもあるけど、ウィルはずっと親父さんどころか家族の話を全くしなかった。明らかに家族の話題に触れられるのを避けてたウィルに、俺はその話をできないままだ。
クゥのおかげで一度村に戻ったから、以前よりは話しやすいかとも思うんだが。
その辺の事情も説明すると、ゼクスさんは頷いてくれた。
「ならば尚更、だな。ギャレットが先に帰れば諦めるだろうから、儂が合図したらその間奴の気を引いていてほしいんだが」
ウィルの気を引く?
うん、それなら俺が適任だな。
「任せといてくれ。いっくらでもネタはあるから」
ゼクスさんは疑わしそうな顔だけど。
何の話をするか、今のうちに考えておこう。
そんなことをやってるうちに、石板の正面、少し離れたところに小さな火が熾された。
心配そうに見るダンに、大丈夫だと頷いて近付く。
あの日のように、火の粉が空に舞い上がる。
それを追って見上げた空に、あの日の暗さはないのだから。
(…もう、大丈夫だよ。レトラスさん、アッシェ兄さん)
俺はひとり、そう告げた。




