ロイヴェイン・スタッツ/英雄と事務員と姪
実の三十六日。毎年恒例のイルヴィナへ行く日。今年のじぃちゃんたちは、やっぱりどこか嬉しそうだった。
イルヴィナでは暇だけど、今年は文句を言わないことにしてやる。
「ヴェインさん」
じぃちゃんたちのうしろ、黙って立っていた俺に、英雄さんが手を差し出した。
「ライナスにも来てくれてたって聞いて。本当にありがとうございました」
にっこり笑って礼を言われる。いえ、と返して手を握ると、ぶんぶん振られた。
相変わらず元気な人だけど、多分これは外の顔。石板に向かうときの顔を知ってる俺には、ずっとただの空元気にしか見えなかった。
じぃちゃんたちが育て上げた英雄で、ククルの叔父さん。
じぃちゃんたちにしごかれた同士、もしかしたら気が合うかも、なんて思ったけど。ククルにちょっかいかけたの知られたら、俺もただじゃ済まないかな。
次に来たのは黒髪の優男。こないだククルのとこで見た奴だった。
ククルがひとりになるのを待ってたのに、こいつ、全然店から出てこなくて。
あの日姿を見られてるはずだけど、外套のフードを被っていたからか俺がヴェインだってことには気付いてないみたいで、じぃちゃんたちと話してる。
英雄さん付きの事務員らしいけど、もしかしてわざわざ誕生日に合わせてククルのとこへ行ってたんだろうか。
そうこうするうちに、英雄さんに皆呼ばれた。仕方ないから俺も行く。
英雄さんは皆に銅杯を渡して、少しずつ酒を注いで。じぃちゃんに何か言えとせっつかれて。
「皆、本っ当にありがとう! 大好きだ!」
近いせいもあって、耳が痛いくらいの音量。英雄さん、声でかすぎ。
じぃちゃんにやかましいって怒られてる英雄さんは、今まで一度も見たことない、ホントに嬉しそうな顔をしてた。
今まで石板を前にしてたときの辛そうな顔でも、誰かと向き合ってるときの造った顔でもなく。
ほめてもらいに来た、こどもみたいな。
「先程伝え忘れたことがありまして…」
そう言って黒髪の事務員がじぃちゃんたちにククルから預かったっていうお返しを渡しに来た。話の流れで孫が直接持ってきたと言ってる。
ってヤバい。俺じぃちゃんに黙って行ったのに!
「あやついつの間に」
呟くじぃちゃんの殺気が痛い。
…お前のせいで、ククルのとこに行ってたこと、じぃちゃんにバレただろ。
俺へのお返しはあとで見ることにして、じぃちゃんたちが話してるうちに距離を取る。
英雄さんに捕まったからそのままいたけど、いつもは少し離れたところで時間を潰してる。
ヴェインでいるのも窮屈だから。
気配がわかるくらいの距離は保って、向こうから見えないとこで座り込む。
それにしても。ククル、律儀に俺にもお返しくれたんだな。
ちょっとやりすぎたかもって思ってたんだけど、まだ怒ってないなら。今度はもうちょっと迫ってみても大丈夫かな。
真っ赤になってうろたえるククルはかわいいから。
次は何してからかってみようかな。




