ウィルバート・レザン/足跡
やっと着いたと、溜息と共に馬を降りる。
早朝出、ここまで五時間。大きな街道沿いだからって、あの速さは正直ありえない。
涼しい顔のギャレットさん。よく考えてみれば、元はジェットと同じく実動員なんだから。俺より体力があって当然か。
日帰りだと聞いたときの、トネリさんの何ともいえない表情の意味がわかった。ギャレットさんと、横で普通の顔で頷いてたイーレイさんにとっては、きっと何でもないことなんだろうけど。
俺には、キツい。
「すまないな、少し飛ばしすぎたか」
わかっていて笑うギャレットさん。
最近俺の扱いがジェットに対してのそれと同じようになってきたのは気のせいだと思いたい。
「帰りは酒も入っているだろうしな。ウィルはジェットたちと一緒にベニーツィで一泊してくるといい」
俺たち以外は昨日と今日、途中のベニーツィで泊まっている。もちろんそのほうが断然楽だが。
「いえ、一緒に帰ります」
ジェットをツブすのは諦めて、意地でも一緒に帰ってやる。
即答した俺に、多分それすら読んでたんだろう、ギャレットさんはそうかと返してくる。
…もっと体力、つけないとな。
到着に気付いたジェットが近付いてくる。約束だからと言うと、礼を言われた。
俺がジェットに付いて五年。ギルドに入ってなら十年。そのさらに十年も前から、英雄として立っていたジェット。
認めては、いるんだ。
生半可ではないその努力と、折れなかった心。それだけでも、ジェットは英雄に足る者なのだと。
そして今。ようやく終わったと笑うジェットを、労いたいと思っていることも。
だから素直にその礼を受ける。
そして告げる。
ジェットに会えてよかったと、そこまで素直には言えなかったけど。
「クゥにも会えたし?」
ギャレットさんに聞こえないように、小声でからかってくるジェット。
でも本当に、その通りだから。
思わず本音で返してしまい、驚いた顔で見られてちょっと気まずい。
もうこうなったらと、さっきは言えなかったことをつけ足して。
とりあえず、逃げた。
ダンたちにも挨拶をして、ついでに目的の人物を教えてもらう。
今回ライナスに行ってくれた、フォルナーさんたち。初見なので自己紹介から入り、手を貸してくれた礼を言うと、三人揃って首を振られる。
「礼を言うのはこちらのほうだ。今回のことは儂らの悲願でもあったからな」
フォルナーさんがそう言いながら、ギャレットさんと話すジェットを見る。
「それに、儂ら当時の大人が不甲斐ないばかりに、まだこどもだったあいつには本当に無理をさせた。あれしきのことで償えたとは思ってない」
厳しい人だと聞いていたけど、ジェットを見る目はとても優しくて。
ギルドを離れた身であっても、多分この人もジェットを見守ってきたひとりなんだろう。
俺のほうに向き直ったフォルナーさんは、いきなり頭を下げた。
「フォルナーさん?」
「儂らからも礼を言わせてほしい。ここまでジェットを助けてやってくれてありがとう。そして願わくばこれからも、ジェットの力になってやってくれないか」
「もちろんそのつもりです」
真剣なその声に引っ張られたんだろうか、自分でも驚く程素直に言葉が出た。
顔を上げたフォルナーさんが笑って、ゼクスでいいと言ってくれた。
「レザン、ということは。ザルナーの倅だな」
「え?」
ゼクスさんの口から突然親父の名前が出て、俺は心底驚く。
「…父を知っているんですか?」
「弟子ではないがな。亡くなったのは儂がギルドを辞めてからだったか…」
呟き、うしろを振り返る。
「昔はここまで馬で入れなかったが、有志で整備してな。ザルナーも来ておった」
二十年前のことだから、もちろん俺は知らないけれど。親父、そんなこともしてたんだな。
「後発隊というわけでもなく、ただ顔見知りが何人も亡くなったからと言って。あの性格なんで、顔は広かったしな」
頷く俺に、ゼクスさんは笑う。
「似ておると思わんか?」
誰のことを言ってるのか、考えるまでもない。
「ですから私はジェット付きになれました」
そう答えると、さらに笑われる。
「ザルナーのことを知るのはほかにも来ておるから、ゆっくり昔話でも聞くといい」
親父の話、興味はあるけれど。
「ありがたいお話ですが、今日のうちにギルドに戻りますので…」
「急ぐのか?」
「もう事務長に同行すると言ってありますので」
すみません、と謝っておく。
「そうか。残念だな」
ゼクスさんはそう言ってくれた。
話し込んでしまったから、ククルからの預かりものを渡す前にジェットに全員呼ばれた。
石板の前、ジェットらしい言葉で杯を合わせ、飲む。
残りを石板にかけたジェットは、何ともいえない嬉しそうな顔で。自分の分を飲み終わった人たちに、もみくちゃにされてる。
かわいがられてるというか、何というか。
でも、ライナスにいるときのような気の抜けた顔で笑うのを見て。
ようやくジェットも、少しは素を出せるようになったのかなと。
そう思った。
乾杯が終わったので、改めてゼクスさんのところへ行く。
「先程伝え忘れたことがありまして…」
「まぁ座れ」
言われた通りにすると、杯を出せと示され、結構注がれる。ゼクスさんたちのにも注ぎ返してから、ククルのお返しを取り出した。
ククルからだと言うと、三人共明らかに喜んで受け取った。お孫さんの分も預かっているんだが、そういえばずっとうしろにいるあの男がそうなんだろうか。
「お孫さんの分も預かっているのですが…」
「孫?」
「当日直接届けに来られて、ご本人からもいただいたと聞いています」
「あやついつの間に」
ぼそりと呟いたゼクスさんの声に、辺りが急に寒くなったようにも思えたんだが…。
「儂から渡しておく。手間をかけたな」
「いえ。よろしくおねがいします」
うしろの男は違うのかと視線をやると、もうそこに男はいなかった。




