三八二年 実の十四日
自室の中、身支度を整えるククル。
テオにもらった髪留めを結び、本棚に置いたレシピを見やる。
テオにも、ウィルバートにも、待つと言われた。
想いを寄せてもらえたこと。それは素直に嬉しいと思う。
しかし、何も答えられないままの自分が情けない。
自分が抱く大事だという思いとは違う、好きという気持ち。それがわからない自分が彼らの言葉に甘えていていいのだろうか。
息をついてククルは部屋を出る。
自分ひとりでは、その答えすら出そうになかった。
今日帰るというウィルバート。昼に出るからと、朝食後もテオと入れ替わりで荷物と共に店に来ていた。
ゼクスたちにもらった花瓶の話から、お返しをしようにも送り先がわからないことを話すと、自分が渡すと請け負ってくれた。
「イルヴィナに来ると聞いてますので。それまでに俺宛に送ってもらえれば」
「ありがとうございます! あの、当日エト兄さんに渡してもらいたい物も一緒に送っても…?」
もちろんですよと頷いてくれるウィルバートに、ククルはもう一度礼を言う。
「ウィルにもいただいたレシピで何か作りますね」
そう言い笑うククル。
ずっと微笑んで話を聞いていたウィルバートが、少し考えるように視線を落とした。
どうしたのかと問う前に、顔を上げてククルを見つめる。
「ククル。お願いがあるんだけど」
口調を戻し、少しためらうように続ける。
「俺の素がこっちなのは、ククルももう知ってると思う。だから、よければ」
細められる瞳には、期待と不安。
「俺もこっちで話すから。ククルもテオたちに話すのと同じようにしてくれないかな?」
「え…その…」
「駄目?」
「だ、駄目では…」
そう。駄目ではないのだが、できるかはまた別で。
おろおろするククルを微笑んで眺め、ウィルバートは立ち上がる。
「なら、それでよろしく」
そう言い、差し出される手。
「…わかりました」
「ククル?」
握手に応えた手が、ぎゅっと握り込まれる。
「わ、わかったから、手…」
赤くなるククルに笑いながら、するりと手を放す。
「無理言ってごめん。…少しでも、近付きたくて」
自分を見つめての呟きに、ククルに返せる言葉はなく。
困ったように見返すしかない自分を、それでも嬉しそうにウィルバートは見ていた。
昼になり、客が途切れたところで帰ることにしたウィルバートを、ククルとテオが見送りに出た。
「じゃあウィル、頼むな」
「テオも」
いつの間に仲良くなったのだろうか、テオとウィルバートが低い声で何やら話している。
話し終えたウィルバートが、笑みと共にククルに向き直った。
「ありがとう。また」
「はい。お待ちしてます」
いつもの調子でそう答えてしまい、ウィルバートに笑われる。
「徐々にでいいから」
そう言う青年の顔には呆れも落胆もなく。
「俺も、待ってる」
小さな声でぽつりとつけ加えてから。
別れを告げ、ウィルバートは踵を返した。
「どうかした?」
ウィルバートを見送り、店に戻ってしばらく。仕込みをするククルにテオが尋ねる。
「また何か考え込んでるだろ?」
驚いてテオを見てから、ククルは困ったように視線を落とした。そのまま待ってくれているテオに、迷った末に小さく呟く。
「自分が情けなくって」
向けてもらえた好意に何の応えも返すことのできない自分が不甲斐なかった。
そしてそれを、テオに勘付かれてしまったことにも。
珍しくうつむいたままのククルに、テオは少し笑って手を伸ばした。ぽふんと頭に手を置いて、ダリューンがするように優しく撫でる。
「焦らなくていいよ。俺も、多分ウィルも。ただククルが好きなだけで、困らせたいわけじゃないんだ」
テオの口からウィルバートの名が出たことに、ククルは僅かに身じろいだ。
一瞬浮かんだ翳りを打ち消すように、テオは軽くかぶりを振る。
「だから。まだ考えられないなら考えなくていい。…いつまでも待つって言っただろ」
ほら仕事、とわざと明るくつけ足すテオに、ククルは顔を上げ、少しだけ表情を緩める。
今までもテオの言葉にずっと甘えてきた。情けないとは、思うのだが。
「…ありがとう、テオ」
小さな呟きに、テオも微笑みを返した。




