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三八二年 実の十二日 ①

「ククル! お誕生日おめでとう!」

 朝一番、テオと共に店に来たレムがククルに抱きつく。

「今年も大好きだからね!」

「ありがとうレム。私も大好きよ」

 抱きしめ返してククルも笑った。

 喜怒哀楽がはっきりとしたこの幼馴染の前では、ククルもいつもより素直に感情を口にする。

 離れたレムは嬉しそうに見返し、手に持つ包みを差し出した。

「はい、どうぞ」

「ありがとうレム」

 礼を言い、両手で受け取る。

「俺からも。おめでとう、ククル」

 どことなく緊張した面持ちで、テオが小さな包みを上に乗せた。

「ありがとうテオ。開けていい?」

 もちろん、とふたりが頷く。

 まずはレムのプレゼントを開ける。

「今年は青色ね!」

 入っていたのは毎年恒例のエプロン。少し濃いめの青色に、肩紐、腰紐、裾に白いレースが重ねられていた。

 嬉しそうにエプロンを広げ、早速着てみる。

 ククルが店で使っているエプロンは、歴代のレムの手作りだ。

 上下を切り替え、左右に大きめのポケットをつけるのも、腰周りを巻き込むように幅を取るのも、毎年ククルの要望に応じて作ってくれた結果だ。

「うん。今年も最高の出来ね! ありがとう、レム」

 忙しい中手作りしてくれたレムに、心からの感謝を述べる。

 喜んでもらえてよかったと笑って、レムはテオの包みも開けるよう急かす。

 テオは毎年髪留めやリボンなど、レム同様店で使えるものを贈ってくれていた。

 テオを見やってから、包みを開ける。

 中には白いレースのリボンを折り畳んで花のようにまとめた髪留めが入っていた。

 手に取ってエプロンのレースと見比べ、ククルはテオを見る。

「これ…」

 何が言いたいのかはすぐにわかったらしい。少し照れくさそうにテオが笑う。

「レムに教わって俺が作った。あんまり上手じゃないけど」

「テオ…」

 店も宿も手伝って。最近では訓練もして。自由にできる時間など、さほどないだろうに。

 じんわりと胸が暖かくなる。

「ありがとう。嬉しい」

 つけてみるね、と、うしろでまとめた髪に結ぶ。ひらひらして邪魔にならないように、結ぶリボン自体も少し短めにしてくれている。

「どうかな?」

 くるりと回ってそう問うと、レムが嬉しそうにうんうん頷く。

「似合う似合う。かわいいよね、お兄ちゃん」

「うん。かわいい」

 喜ぶククルを瞳を細めて見ていたテオが、ぽろりと零す。

 次の瞬間はっと我に返り、自分が口走った本音に赤くなるテオ。

 慌てて視線を逸らすその様子に、ククルもつられて赤面し。

 自覚なしの誘導尋問に兄を引っかけてしまったレムは、少し恨めしそうな兄の視線から顔を背けた。



 レムはそそくさと宿に戻り、少し気恥ずかしい空気の中、ククルとテオは朝食の準備に取りかかった。

「そうだ、ククル。今日の夜は俺と父さんで料理作るから」

 ぎこちなさを打ち消すように、努めて普段の口調でテオが告げた。

「ククルは『お客様』してて」

 ―――こどもの誕生日だからといって、宿も食堂も休むことはできない。そこで両家の両親は誕生日のこどもを『お客様』としてもてなすことにしたのだ。

 いつもと違ってゆっくりと椅子から眺める店の様子は、それだけで特別だった。

 町の皆が入れ代わり立ち代わりやってきては祝ってくれ、食事が終わるとシリル特製独り占めケーキが出された。

 小振りに作った切りわけていないケーキ。いつものパウンドケーキよりも濃厚で、表面にぐるりと並べられた薄切りのりんごが花のように見えた。

 お菓子のレシピは基本のものしか残っていなかったので、シリルがどのように手を加えていたのかはわからない。少しずつ試し、レムの誕生日までに再現できればと思っている。

 そんなふうに、日常の中に少しだけ特別を混ぜたような誕生日だった。

「クライヴさんとシリルさんの代わりに。今年からは俺たちにやらせてほしい」

 少し表情が翳ったのは、亡くなった両親のことを思ってくれているからだろうか。

「テオ…」

 どこまでも自分を気遣ってくれる幼馴染に、ククルは胸がいっぱいですぐに礼が言えなかった。

 手を止めて見返す茶色の瞳がふっと緩む。

「じゃあ、そういうことで。悪いけど夕方までは手伝ってくれよ?」

 照れかくしだろう、軽い口調で続けるテオに。

「ありがとう」

 ククルは心から礼を述べ、満面の笑みを浮かべた。



 昼過ぎ、いつものようにテオが宿へ戻り、朝からずっと店にいたウィルバートも、すぐ戻ると言って店を出た。

 ひとり残って仕込みをしていたククルは、カランと鳴ったドアベルに顔を上げる。

「ククル! 届け物だよ」

 少々大きめの箱を抱え、満面の笑みでそこに立つのは。

「ロイさん?」

 思わぬ人物の来店に、ククルは慌ててカウンターから出てきた。

「どうしたんですか?」

 抱えていた箱をテーブルに置き、ロイヴェインは翡翠の瞳を細める。

「じぃちゃんたちから届け物。でも俺のが先」

 背中側に回していた鞄の中から両手に乗るくらいの包みを取り出し、はい、と渡す。

「誕生日おめでとう」

 驚いて自分の手の上の包みを見て、顔を上げてロイヴェインを見て。

「あ、ありがとうございます」

 まさかロイヴェインからプレゼントをもらうとは思ってもいなかったククルは、うろたえながら礼を言う。

 その様子を笑って眺め、開けてみて、と急かすロイヴェイン。

 言われるままに開けてみると、中には緑色のガラスの器が入っていた。

 グラス程度の大きさのそれは、上部に向けて少し細くなり、色も淡く変わっていく。全体に気泡が水滴のように散りばめられていた。

「綺麗…」

 自然と洩れた呟きに、ロイヴェインはほっとしたように息をついた。

「よかったぁ。あ、あとこれ。これで完成」

 鞄に引っかけていた袋から出した、小さめの花束を挿す。

「花瓶なんですね」

 透ける緑に赤や黄色がよく映えた。

「うん。で、こっちはじぃちゃんとメイルさんとノーザンさんから」

 ぽん、と箱に手をかける。

 箱を開けるとオレンジ色の小花がいくつも見えた。

 ロイヴェインに手伝ってもらって出してみると、一抱え程の水色のガラスの花瓶にオレンジ色の小花が挿されていた。

「こっちは造花なんですね」

 三本の茎に花がたくさん咲いている。造り物ではあるが、三本全て花のつき方が違った。

 同封されていた手紙には三人の連名で、祝いの言葉と店に飾れるように造花にしたこと、そして毎年違う花を贈ると書かれていた。

 つまり各々から一本、毎年三本ずつ花が増えていくということだ。

 先の長い―――そして楽しみな贈り物に、ククルは心から喜んだ。

「ありがとうございます。大切にしますね」

 カウンターに飾られた水色の花瓶は、店の雰囲気にもよく合っていた。

 入口の扉前から店内を眺め、ククルは嬉しそうに微笑む。

「華やかになりましたね」

「そうだね。あ、俺のは生花だから部屋に飾って。部屋は見たことないから、花に合うように作ってみたけど」

 どうかなぁ、と呟くロイヴェイン。

 さらりと言われたが、選んだ、ではなく。

「…作ったって、ロイさんが?」

 驚いて尋ねたククルを、少し怪訝そうに見返して。

「あれ、言ってなかったっけ? 家がガラス工房で俺も職人。ちなみにあれは親父作だよ」

 水色の花瓶を指差し、ロイヴェインは笑った。



「皆さんにお世話になったのは私のほうなのに、どうお礼をすればいいのか…」

 恐縮して呟くククルに、そんなの、と笑うロイヴェイン。

「別に気にしなくていいのに」

「そんなわけには…。ロイさんは何かありませんか?」

 困ったように呟くククル。

 じっと見返すロイヴェインが、少し口角を上げた。

「何でもいい?」

「えっ?」

 尋ね返すよりも早く、ロイヴェインの手が頬に添えられ、顔が近付く。

「このままククルがキスしてくれたらそれで満足なんだけど?」

 鼻先が触れそうな程の至近距離でそう囁かれ、ククルはのけぞりながら小さく首を振る。

「そう? じゃあこれで」

 すっと顔を逸らしたロイヴェインが、かぷりとククルの耳を甘噛みした。

「〜〜〜っ!!」

 声にならない悲鳴を上げて飛び退いたククルを、一瞬きょとんと見たロイヴェイン。

 次第に赤くなるククルを眺める翡翠の瞳に、からかいと愉悦が浮かぶ。

「ごちそうさま。また来るよ」

 瞳を細めてそう言って、放心状態で立ち尽くすククルを残し、ロイヴェインはまたねと手を振って店を出た。

 呆然と見送ったククルは、そのままへたりと座り込む。

 からかうにしても、やりすぎだと。

 内心毒づくが、既に相手はおらず。

 いちいち振り回される自分を少し情けなく思いながら、ククルはほてる頬に手を当てた。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ククルおめでとーっ!   ( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆  心がこもったものは、気持ちが嬉しいですよね。  だけど、テオ、忙しすぎるっ!  ロイが出た! 笑  ククル……。警戒…
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