三八二年 実の十一日 ①
昼を少し回った頃だった。
ドアベルの音に入口を見ると、入ってきたのは黒髪の青年。
「お久し振りです。元気そうでよかった」
少しほっとしたように、ウィルバートがそう告げた。
客が捌けるのを待って、ウィルバートがククルとテオの前に立つ。
何かと問おうとしたものの、ククルはその真剣な眼差しに口を噤む。
改まってふたりを見てから、ウィルバートは頭を下げた。
「本来なら中央で片付けるべき問題をこの町にまで持ち込むことになってしまい、本当に申し訳ありません」
「ウィル?」
突然の謝罪に驚いて声を上げ、慌ててウィルバートを引っ張り起こす。
途中で遮られたウィルバートは、困ったように瞳を伏せて続ける。
「ここが…ククルが狙われることをわかっていたのに、何も話さず巻き込みました。色々怖い思いもしたかと思います。本当に―――」
「ウィル」
再び謝ろうとするウィルバートを、ククルにしては強い声音で名を呼び、止める。
びくりとして自分を見たウィルバート。驚くその瞳に微笑みを返す。
「私は何もされてませんし、怖い思いもしてません。たくさんお客さんが来て、忙しくて楽しい毎日でしたよ」
ククルにとっては偽りない本心なのだが、見返すウィルバートには動揺が見える。
「ウィル、ククル本気で言ってるから」
見かねたテオがぼそりと呟くと、ようやく言葉通りに取っていいのだということは理解したウィルバート。しかし今度は言葉の意味が呑み込めず。
困り果てた顔でククルとテオを見、うなだれる。
「…俺、今初めてククルがジェットの姪だってことに納得しました…」
吹き出すテオの横、ククルはあまりの言われように少し落ち込む。
「…どういう意味ですか…」
自分を見てくるククルに笑いを呑み込み、テオは慌てて口を開く。
「ゼクスさんたちが強いのも味方なのもわかってたから。何かあるんだろって気はしてた」
「わかってた…?」
「宿でゼクスさんに威圧された。一緒にいた父さんが何も言わなかったから、味方なんだろうって」
だから焦らず済んだと告げて。
「謝られるようなことは、何もないから」
言いつつ視線をやると、ククルも頷いて言葉を継ぐ。
「ギャレットさんから説明の手紙もいただきました。それに、ウィルはエト兄さんの為に色々してくれていたんでしょう? むしろお礼を言わないといけないのは私のほうです」
視線を上げたウィルバートに笑みを見せて。
「ありがとうございます、ウィル。エト兄さん、皆のおかげだって、本当に嬉しそうでした」
心からの礼と向けられた笑みに、ようやくウィルバートも表情を和らげた。
「ディーたち、どうなった?」
ずっと気にしていたのだろう。テオの言葉に、ウィルバートが頷く。
「彼ら六人に関しては、実害がなく、被害者のククルとジェットが罰を望まず、フォルナーさんたちの口添えもあったので、しばらくの減給と奉仕活動程度です」
「そっか…」
よかった、と呟くテオ。
「失った信頼を取り戻すには時間がかかるでしょうが、あの様子なら大丈夫かと思いますよ」
穏やかな表情でそう言い切ってくれたウィルバートに、ククルも安堵の息をつく。
お咎めなしというわけにはいかなかったようだが、それでもギルドを辞めさせられたりしなくてよかった。
あの日の彼らの言葉を信じ、また来てくれる日を待とうと思った。
ウィルバートはふたりに改めて礼を言い、宿に行った。荷を置くとは言っていたが、ここと同じことをアレックたちにも伝えるつもりだろう。
それが済めば、またここへ戻るはず。
そう考え、テオは仕込み作業を急ぐ。
ある程度仕込みを済ませば、あとはククルに任せてここを離れられる。ふたりきりにするのは正直嫌だが、明日までに自分がしなければならないことがまだあるのだ。
今年の誕生日だけは、失敗するわけにいかないのだから―――。
ウィルバートが戻り、仕込みも大半済ませて。
もう大丈夫かな、と確認するテオ。
「ククル! あと任せた。混む前に戻るから」
エプロンを外しながらの声に、はぁいとククルが返してくれる。
ふたりきりになるというのに、何故だかウィルバートに睨まれた気がした。




