三八二年 実の十日
あふ、とあくびを噛み殺す。
「眠そうね」
くすりと笑ってククルに言われ、テオもごめんと笑う。
ライナスでは穏やかな日々が続いていた。
朝食の片付けをしながら、テオはちらりとククルを見る。
騒がしくも忙しい日々からどこかのんびりとした日常に戻り、またククルが寂しい思いをするのではないかと心配したのだが、今のところ落ち着いているようだ。
両親が亡くなってすぐ、明かりの消えた店を前にひとり泣いていたククル。笑顔の下の本音に触れたのは、多分あれが最後。
彼女自身にそんなつもりがなくても、彼女は自分の無理に気付かない。
願いも気持ちも呑み込んで、それでも彼女は笑うのだから。
希望でも不安でも、せめて言葉にしてくれたら。頼ってくれたらと、自分がどんなに望んでいても。
視線に気付き首を傾げるククル。
何でもないと返して。
ククルの誕生日まであと二日。
間違いなく来るだろうなと、テオは黒髪の青年を思い起こす。
自分にとっては厄介な恋敵。しかし確実に、ククルをひとりにしてしまう時間は減る。
それで彼女が寂しい思いをせずに済むなら。
あんな姿をさせずに済むなら。
―――だったら、いい。
彼女が笑っていてくれるなら、それで。
珍しく眠そうなテオをククルは心配していた。
ただでさえ宿と食堂の両方で働いているというのに、ゼクスたちの訓練を受け、そのあとも自主訓練をしているのを何度か見かけた。
あとは自分がするから休めと言っても、ふたりですれば早く終わるからと、結局は最後まで手伝っていく。
本当に。いつか身体を壊さないか心配でならない。
自分はテオに頼りすぎなのだろうか。
こうしてふたりで店に立つことを当たり前だと感じるのも、彼に対する甘えなのだろうか。
宿も食堂も、共にやれなければ意味がないというのに、テオにばかり負担をかけて申し訳なく思う。
あさってには成人するのにこんな調子では、と、ククルは気合いを入れ直し、午後に向けての仕込みに取り掛かった。




