三八二年 実の二日
「まずはアレック兄さんと、フィーナ義姉さんに」
そう言ってふたりにグラスを渡し、手にした酒をなみなみと注いでいく。
「二十年間、俺の帰る場所でいてくれてありがとう」
そう言って笑うジェットから酒瓶をひったくり、その手のグラスに目一杯注ぐアレック。
「入れすぎ…」
「二十年分だ。飲め」
飲めないって、とぼやくジェットに笑いながら、三人でグラスを合わせる。
いち早く飲み切ったアレックが数口飲んだだけのジェットのグラスを奪い取り、自分のグラスへ中身を移す。それも飲み切り、ジェットにグラスを返した。
「お前が無事に望みを果たせて本当によかった。…これからはもう少し、力を抜いて生きていけ」
そのままジェットを抱きしめる。
「俺たちはこれからもここにいる。いつでも。いつまでも。俺たちはお前の兄なんだからな」
「アレック兄さん…」
嬉しそうに呟いて、ジェットもその背に腕を回す。
「ありがとう」
万感の想いを込めて。
ジェットはひとこと、そう返した。
グラスを手に、店内へ入る。
「クゥ、テオ、ありがとな。程々でいいからな?」
「エト兄さん」
朝からずっと皆に出す料理を作っているククルとテオ。ジェットはカウンターの中央に座り、テオにグラスを見せる。
「テオはもう飲めるんだろ?」
「料理してるから飲まないよ」
即答でそう返し、それに、と続ける。
「俺まだ飲んだことないし」
「そうなのか?」
少し意外そうに声を上げるジェット。
「テオは絶対強いだろうけど」
アレックもフィーナも酒には強い。なのでおそらくテオも、とジェットは思っていた。
「ここに立つ以上覚えたほうがいいのはわかってるけど、もう少し待つよ」
ちらりとククルを見て笑うテオ。
ククルが成人するまで、あと十日だ。
「クゥは…どうだろうな」
シリルはいける口であったが、クライヴも自分もあまり飲めない。
思案顔のジェットに笑って、それなら、とククルが返す。
「次帰ってきたときに、ね」
ギルド員のジェットに次の確約はできない。しかしそれでも、次の約束をすることで無事に戻るよう願いを込める。
「ああ。必ず」
祈るような呟きと共に、ジェットは瞳を細め、頷いた。
昼を少し過ぎた頃、料理はもう十分だからとフィーナが呼びに来た。
「皆が色々差し入れてくれてるわ。火の番はしてるから、ふたりとも食べてきなさいね」
フィーナに礼を言い、テオとふたりで店を出る。
「思ったより来てるな」
辺りを見回してテオが呟く。
宿から運んだテーブルの上に、見慣れぬ料理がいくつも並んでいた。皆が持ち寄ってくれたのだろう。
「…本当に、エト兄さんは慕われてるわね」
「慕うっていうより、かわいがられてるって感じだけどな」
輪の中心、楽しそうに皆と話すジェットを見る。
少し離れたところでアレックと飲むダリューンも、今日はいつもより穏やかな顔に見えた。
本当によかったと、改めてそう思う。
「クゥ! テオ!」
気付いたジェットが手招きする。
テオと顔を見合わせ、ククルはジェットの下へ駆け寄った。
日も沈み、片付けも済み。
カウンター席に並んで座り、ジェットは頬杖をついてへらりと笑う。
「楽しかったな」
少し眠そうなのは、やはり酒を飲みすぎたせいだろう。
普段より一層緩んだ表情に、ククルも笑う。
「エト兄さん。もう寝たら?」
「もう少し」
呟き、ククルが置いた水を飲む。
「本当に、皆のおかげなんだ」
独り言のような呟き。
「あのときも。あれからも。…俺はずっと、皆に生かされてきたんだな」
手を伸ばしてククルの髪を撫で、懐かしむように瞳を細める。
「…俺の恩人も、大きくなったもんだな」
「恩人?」
自分のことかと問い返すククルに、そう、と頷いて。
「俺は皆に礼が言いたい。何か返したい。だからクゥにも何かしたい。…俺はクゥに、何ができる?」
尋ねるつもりではないのだろう、一方的な呟きに。
それでもククルはそうねと返す。
「エト兄さんが無事に帰ってきてくれたら、それでいいの」
「それだけか?」
「それだけ。それで十分」
そう。ジェットが何か返したいと思うように。
「エト兄さんにはもうたくさんもらってる。…何かを返したいって思うのは、私たちだって同じなんだから」
だからいつも通り。
それで十分なのだから。
ジェットはじっとククルを見つめたあと、少し気の抜けたように息をつく。
「…返せてるならよかったけど。もうちょっと、叔父らしいこともさせてくれよな?」
「それならここで寝てしまう前に部屋に戻ってね」
にっこり笑ってそう言われ、ジェットは酔いが醒めてしまったような顔でククルを見返した。




