ダリューン・セルヴァ/変わらぬ旅路
リオルの見舞いに行くというジェットと途中で別れる。一緒に行くかと言われたが、ひとりで報告したいだろうから遠慮した。
それに、俺は俺で報告しなければならない人がいる。
院長室の扉を叩くと、中からどうぞと返ってきた。
「久し振りだな、ダン」
「ご無沙汰しています、ルギウス先生」
頭を下げると、いいから座れと言われる。二十年、先生は変わらない。
「報告に来ました」
対面に座ってそう告げる。多分どこからか話は聞いているだろうし、あとからジェットも来ると思うが、これは俺のけじめなんだから。
ただ頷くルギウス先生に、俺はイルヴィナの一件が片付いたこと、そして近々真実が世に出ることを伝えた。
「二十年間、俺たちの力になっていただいてありがとうございました」
座ったままだが頭を下げる。
二十年前のあのときから、ルギウス先生は俺たちふたりを守ってくれた。
上層部に強く言えないギルド員とは違う、提携病院の医師で院長の息子という立場を盾に、俺たちを庇ってくれた。
本来は自分の持つ力を振りかざすような人ではないのに、だ。
「ダン」
名を呼ばれて顔を上げると、濃灰の眼が少し細められる。
「本当に、君はたいした奴だな」
何を言われたのか、わからなかった。
ルギウス先生は身を乗り出し、昔よくやってくれたように、俺の頭をくしゃりと撫でる。
「ジェットはもちろんだが、私は君のことも心配していたんだ」
思ってもない言葉を言われ、俺はルギウス先生を見返した。
当たり前だろう、とでもいうように苦笑して、ルギウス先生は続ける。
「私からすると君だってジェットと何ら変わらないこどもなのに、君ときたらジェットのことばかりでちっとも自分を顧みない。いつか君のほうが心を壊すんじゃないかと心配していたんだ」
自分がそんな心配をされていたなんて、少しも知らなかった。
余程驚いた顔をしていたんだろうか、全く、と呆れたように笑われる。
「杞憂で済んでよかった。本当に、君は強いな」
苦境に立っていたのは俺ではなくジェットだというのに、俺にまでそんな心配をしてくれていたのかと。
嬉しいような、申し訳ないような。そんな気持ちになった。
「で、これからはどうするんだ?」
「今までと変わりません。ジェットのやりたいようにさせるだけです。俺はあいつを甘やかすと決めてますから」
「そうだったな。愚問だった」
笑いながら頷くルギウス先生。
ジェットが俺にもういいというまで、俺はあいつについていくと決めている。
悲願を達成しても、あいつが英雄でなくなっても、それは変わらない。
「そういうブレないところが君の強みなのかもしれないな」
どこか懐かしそうな顔で俺を見て。ルギウス先生はそうだなと独りごちる。
「まぁこれからも、こうしてたまには話をしに来てくれ。二十年も見てきたんだ、君たちふたりは息子のようなものだからな」
「息子、ですか?」
「不服かい?」
答えはわかっているんだろう。からかうように聞かれたので。
「いえ。光栄です」
正直に返すと、大げさだなと笑われる。
父も母もとうに亡くして。
今になってそんなことを言ってもらえるとは思わなかった。
また来ますと、そう言って。
俺は院長室をあとにした。
ジェットはよく『自分は人に恵まれてる』と言うけれど。今日は俺も、それを実感できた。
ジェットと共にいるからか。
ジェットが共にいるからか。
きっと俺自身も、あいつと同じで人に恵まれているんだろう。
終わりの見えなかった俺たちの旅は、周りの人たちに助けられ、二十年で終えることができた。
けれどまだ、足は止めない。
今度は俺たちが誰かの助けになれるように。
それが俺たちにできる恩返しなんだと。
ジェットならきっと、そう言うだろうから。
読んでいただいてありがとうございました!
長々閑話ばかりですみません。
次から本編です。




