リオル・ブラスト/もう少しひとりで
「リオル!」
相変わらず騒々しい幼馴染に、僕は苦笑する。
全く。病院では静かにするものだろう?
病室に飛び込んできたジェットは、シェリーに声をかけ、ベッド脇の椅子に座る。
「どうした、ジェット?」
いつになく嬉しそうなジェット。尋ねると、ああ、と笑う。
「イルヴィナのこと、片が付いた」
思わずジェットを見る。
疑う訳じゃない。だけど、すぐに呑み込むにはあまりにも長い年月が経っていて。
呆然とする僕を見返し、ジェットは頷く。
「ようやく皆のことが話せたよ」
心からの、幸せそうなその声。
僕はジェットを掴んで引き寄せ、抱きしめた。
『お前だけでも助かってよかった』
『誰のせいでもない』
二十年前、ライナスで。
心も身体も追い詰められていたジェットに、僕が言った言葉。
それが、どんなに空虚なものだったのか。
あの事故のあとジェットに同じ言葉を返されて、僕は初めてそれに気付いた。
もちろんジェットがそんなつもりじゃなかったのはわかっている。本当に、僕を立ち直らせようとして言ってくれた言葉なんだとわかっている。
ジェットが僕の言葉を大事にしてくれていたことは、本当に嬉しい。だけど。
多分ジェットが思う程、二十年前の僕はちゃんと考えられていなかった。
ジェットの傷の深さを、理解しようとしていなかった。
本当に、今更だけど。
謝りたいと思うのは、僕の自己満足なんだろうか。
ジェットを不快にさせるだろうか。
そんなことを、最近ずっと考えている。
でも、今は。
「本当によかった」
言葉がそれしか出てこない。
がんばったも、お疲れ様も違う。
本当によかった。
悲願を達成できたこと。無事なこと。
今、目の前で、ジェットが笑えていること。
万感の想いを表すには、少し曖昧かもしれないけど。
ありがとうと呟いたジェットの腕に力が入る。
…馬鹿力なんだから、加減してくれよ?
「ジェットはこれからどうするんだ?」
ひとしきり喜び合ってから。尋ねた僕にジェットは笑う。
「ギルドには残れるだろうから、一ギルド員としてやってくよ」
やっと重責から逃れられるとばかりの笑顔だが。二十年も英雄としてやってきたジェットが、明日から一ギルド員なんてことになるんだろうか。
…まぁ、喜んでるようだから、言わないでおくけど。
「リオルは? 具合はどうなんだ?」
「訓練次第だけど、杖なしで歩けるようになるだろうって」
そう言うと、ほっとしたようによかったと返される。
ランドさんも杖がないと歩けなかった。その大変さはジェットもよく知ってるんだろう。
「年末にライナスに戻れればと思ってるよ」
まだひとりで歩くのは無理だけど、ある程度自力で動けるようになれば、あとはライナスでも訓練は続けられる。
「じゃあ一緒に行くか。俺もベレットの調査さえ終われば年末休みもらえるだろうし」
「ジェットが一緒なら心強いけど、もうあの運び方はやめてくれよ?」
ジェットたちに謝りに行ったあの日。結局家の前で下ろしてもらえず、こどもたちにとんでもない姿を見せることになった。
「あのほうが運びやすいんだけどな」
…お前に悪気がないのはわかっているけど。
本当に、やめてくれよ?
じゃあな、と最後まで騒々しく出ていくジェット。その晴々とした笑顔に、僕は今日謝るのはやめた。
ジェットだって二十年も抱えて生きてきたんだ。
だから僕も。もう少しひとりでこの気持ちと向き合ってみよう。
いつかジェットに話す、そのときまで。もう少しひとりで考えてみよう。
多分お前なら、気にしすぎだって怒りそうだけどな。