ダリューン・セルヴァ/兄弟弟子
先発隊から遅れること一時間。俺たち後発隊もかなり神樹に近付いてきた。
辺りは薄暗く、空気も重い。先頭を行くゼクスさんの表情も険しいままだ。
先発隊で参加している俺の元パーティー。無事だろうかと、胸がざわめく。
今年入った新人のジェット。
人懐こい性格で皆にかわいがられる一方で、父親が元ギルド員ということもあり、新人離れした実力の持ち主だった。
師匠のレトラスさんにジェットの教育に専念してもらう為、そして俺自身を認めてくれた新たな師匠、ゼクスさんに教えを請う為、パーティーを移ったのは動の月に入ってから。
俺が抜けたあと、まだ人員は増えていない。アッシェ兄さんと三人、無茶をしてなければいいけど。
突然襲った地響きに全員が立ち止まった。辺りを見回し、目指す方向に土煙が上がっているのを確認する。
「急ぐぞ」
短く言い切り、ゼクスさんが足を早めた。
木々の合間から見える高台の上、火の手が上がっているのが見えたのは、しばらくしてからだった。
色濃くなる不安にも、足を早めることしかできなくて。
ようやく辿り着いた高台の麓で、それは絶望に変わった。
高台手前の土砂の山はどう見ても半分の高さにも届かず、高台の頂上までは見上げる程の絶壁で。
上から聞こえる明らかに交戦中のどよめきや舞い落ちる火の粉がなければ、先発隊がこの上にいることを疑っていたかもしれない。
そして何より異様なものが、絶壁から突き出る白い触手のようなもの。
無言で見上げていたゼクスさんが、勢いよく振り返った。
「足場を作るぞ! 切れる者は木を、あとは何でも積んでいけ」
ゼクスさんの声に、皆が動き出した。足場にできそうな木を集め、あとは壁の真下に積んでいく。途中突き出す白い触手を斬り落としたゼクスさんが、根か、と呟く。
だんだん上からの音が聞こえなくなり、落ちてくる火の粉の量が増えてきた。
時間がないと判断して、ゼクスさんと数人が限られた足場を使い回して上がることになった。
いつ白い根が飛び出してくるかわからないと言われたけど、待っていられなかった。
ありったけのロープと固定用の金具を手分けして持ち、足場を壁に刺していく。最後の足場を抜き、先頭に刺してを繰り返し、引き上げ用の足場も所々残しながら、上へと登っていく。
半分程上がったところで轟音が響き、大量の火の粉が降ってきた。皆慌てて壁際に身を寄せ、やり過ごす。
静まるのを待ってから、また同じ作業。
登るにつれ増す熱気に、惨状を覚悟しろといわれているようだった。
そうして上がり切った俺たちは、立ち尽くすしかなかった。
まず目に飛び込んできたのは、倒された黒焦げの大木。まだあちこちから煙が上がってる。
でも、それだけ。人も、魔物も、姿はない。
「慎重にひとりずつ上げろ。ダン、ついてこい」
指示を出したゼクスさんが歩きだす。
引き上げ作業は任せて、俺はゼクスさんについていった。
火はほとんど消えていたけど、場所によってはまだ地面からの熱気も強い。
あちこちにある黒い塊の中に装備品を見つけ、それらが先発隊の遺体だと気付いて息を呑む。
ここにいるはずの、皆の姿がない。
レトラスさんも、アッシェ兄さんも、ジェットもいるはずなのに。
無事だと信じたい気持ちより目の前の現実に諦めが勝ってしまい、剣を持つ手が震えて止まらない。
黒煙を上げる大木の根元にある窪みに近寄る。手前に煤けた薄い金属が突き立てられていた。
「…剣?」
自分の呟きに自分で驚いて。
辺りを見回し、下を覗き込んだ。
窪みの壁面の不自然なふくらみ。
「ゼクスさんっ!」
叫んで下に降りる。
遠目では何かわからないくらい黒いそれは、人の形をしていて。
駆けつけてくれたゼクスさんと、壁に突っ伏すようなその遺体を引き起こす。
その身体の下に、顔が見えた。
「ジェット?」
顔だけ残して埋められたジェット。そして、そのジェットを守るように覆い被さってた遺体は。
伏していたからか、煤けただけではっきりわかるその顔。
変わり果てた兄弟子に、もう声も出なかった。
ぐっと拳を握りしめ、見下ろす。
苦しそうな表情をしてないことだけが救いだった。
何も言えないまま、ゼクスさんとふたり、ジェットに近寄る。
「…生きてるぞ」
ジェットの口元に手を当てたゼクスさんが、ぼそりと呟いた声に。
勝手に身体が動いた。
「バカ、素手で掘るなっ」
手袋だと掘りにくくて投げ捨てたら、慌てたゼクスさんに止められる。
人を呼んで、乾いた土を皆で掘って。
ようやく掘り出せたジェットに大きな傷はなく。
口元に手をやると、わずかに吐息が触れる。
―――生きてて、くれた。
座り込んだ俺の背を、ゼクスさんが軽く叩いた。
そう。まだ泣いてる場合じゃない。
多分ジェットの顔を塞いでしまわないようにだろう、支えにされてたアッシェ兄さんの剣を本人の隣に置いて。
まずはジェットを引き上げる。
上げたところで、周囲にざわりと緊張が奔った。
黒焦げの神樹とその根元が崩れたらしい。
窪みの底にいる俺からも、舞い飛ぶ黒い灰のようなものが見えた。
何となくそれを見送ってから、次はアッシェ兄さんを、と思ったそのとき。
突然、足元が抜けた。
「ダンっ!」
ゼクスさんの声に反射的に手を伸ばす。
窪みの底のアッシェ兄さんの身体が土に呑まれていくのが見えた。
俺の手を掴んでくれたゼクスさんの足元も大きく崩れたけど、どうにか埋まらずに済んだ。
高台に上がっていた十人も、下で待機していた十四人も、焼けた土を被って数名が火傷をしたものの、皆埋まることなく無事だった。
神樹の崩壊で根がなくなったからだろう。土がなだれて少し低くなったおかげで、下まで降りるのはそう難しくなかった。
高台は消え、目の前にはただの土砂の山がある。
「健闘を讃えよう」
絞り出すようにゼクスさんが呟き、皆が土砂の山に向かって目を閉じた。
俺も目を閉じ、うなだれる。
俺の師匠も、兄弟子も。
二十九人の仲間が残されてる。
アッシェ兄さんが守り切ったジェット。
これからは、俺が引き継ぐことを誓って。
せめて安らかにと、あとは祈ることしかできなかった。
そうして、目覚めないジェットだけを連れて。
後発隊は、退却した。




