アッシェ・ロード/守るべきものの為に
一面の、炎。
もう痛いとしか感じない熱気の中、俺は必死にその姿を探す。
北の地イルヴィナ。ただの、大規模討伐だったはずなのに。一体どうしてこんなことになってしまったんだろう。
中央と神樹につけられた火は、下草を伝い広がって。あちこちで、倒れた魔物と倒れた仲間の身体が焼かれてる。
魔物の数はかなり減った。そしてそれは同じく、仲間の数も。
目に映るのは炎ばかりで。自分が歩いてることすらわからなくなりそうだ。
祈るように、見失ってしまった姿を探し続ける。
俺が、守ると決めたんだ。
残る魔物を斬りながら進む。視界の隅に小柄な影が映った。
「ジェットっ!」
また見失う前に、炎をかきわけ進む。
斬り捨てられた魔物が燃えてる、その横で。
立ち尽くすジェットが、がくりと崩折れた。
「ジェット!」
抱き留めると、ゆっくり顔が上がる。何か言いたげに口が動くが、声は出てない。
あちこちに傷も火傷も負って。そのくせ動けなくなる寸前まで、手にはしっかり剣を持ったままで。
見てられない。
まだ新人なんだ。こどもなんだ。いくら強くても、覚悟してても。ジェットはまだ十三年しか生きてない、こどもなんだよ。
こんなところで、死んじゃ駄目だ。
「もういい」
自分の剣を鞘に戻し、ジェットを抱えて立ち上がる。神樹を頼りに泉まで行って、その縁にジェットの剣を突き立てた。
神樹の根元のレトラスさんが一瞬俺を見た。
ぐったりしたジェットに驚いたんだろう。大丈夫だからと頷くと、少しだけ安堵が見えた。
魔物の数が減ってからは、ずっと根元で落ちてくる魔物の相手と、神樹を倒そうとしてる。抉った幹に火のついた棒が何箇所も差し込まれてた。
ジェットを抱えたまま底まで降りる。水はほとんどないけど、泥はまだ湿ってる。これなら、多分。
ジェットを下ろして剣の真下の壁を掘る。時間はない。けど、できるだけ深く。
時々ジェットの口が何か言いたそうに動くけど、もう声は出ないみたいだ。
掘った穴に寄りかかるようにジェットを座らせ、泥で埋めていく。息ができるように顔だけ出して、その横に自分の剣の鞘を突き刺しておく。
ぼんやりと俺を見るジェット。まだあどけないその顔に、自然と笑みが浮かぶ。
「ダンが見つけてくれる。お前はここで待ってろ」
ジェットの瞼が下がっていく。
「…ジェット。生きろよ」
まだお前は生きるべきだ。それが、俺の守りたいものなんだから。
目を閉じたジェットからの返事はない。
息をしていることを確認して、俺はもう一度上へ戻った。
見渡す視界に魔物の影はない。あとは残る仲間に任せて、抜き身の剣を手にレトラスさんの下へ向かう。
「助かった」
短い一言は、多分ジェットのことなんだろう。
首を振って神樹を見上げる。
もう魔物は落ちてこない。これさえ倒せば。
一抱えはある幹の周囲、ぐるりと穿った跡がついてた。あとは壁側から隙間を広げていけば倒れるかもしれない。
レトラスさんとふたり、幹を焼きながら穴を広げて。続けるにつれ、神樹自体が脆くなってきたように感じた。
急速に火の回りが早くなり、そのうち神樹が炎に包まれる。
「もう退け、アッシェ」
燃え上がる神樹を見上げ、レトラスさんが呟いた。
「けじめは俺がつける。本当に助かった」
レトラスさんが何をする気か、わかっていたけど。止められない。
「ありがとうございました、師匠」
震える声でそれだけ言って。
俺はレトラスさんに背を向けた。
泉に向かう間、うしろから何度も何度もぶつかる音がする。
泉の底に降りる前、耐え切れずに振り返った俺の目に。
大きく傾く神樹と、炎に巻かれて崩れ落ちる影が映った。
もう、涙すら出なかった。
轟音と共に、大量の火の粉が舞った。
急いで底に降りて、降り注ぐ火の粉を被らないように、ジェットの顔を身体で隠してやり過ごす。
身体の力が抜けてきた。
ジェットの横に突き刺した鞘に剣を戻し、支えにする。
俺もいつ自分の身体が支えられなくなるかわからない。ジェットの顔を塞いでしまわないようにだけはしておかないと。
神樹も倒れた。火が収まれば、後発隊も来てくれる。
それまで、もう少し。
…なぁジェット。
お前は俺を恨むだろうか?
多分、生き残るのはお前ひとり。
一緒に逝きたかったと、そう言うだろうか?
…でも俺はお前を助けたかった。
生きてて、ほしかったんだ。
これは俺の我儘だから。
ジェットは何も、気にしなくていいんだから。
…直接そう言ってやれないのが、心残りだけど。
こればっかりは仕方ないから、あとはダンに任せるよ。
守るべきものの為に、最期まで戦えたから。
俺は結構満足なんだって。伝わるといいんだけどな。




