ジェット・エルフィン/共に酒を ②
事務長室から移動する。目的地はすぐ近く。扉を叩くと中からどうぞと声がした。
壁一面の資料棚と、小さめの机と椅子がひとつ。ギャレットさんよりだいぶ狭めの部屋の主は、一瞬だけ手元の資料から目線だけを上げて俺を見た。
「何でしょう?」
棘のある声に、今は忙しいんだと言外の圧力を感じるが、俺だって話があるから来てるんだし。
「ちょっと話、しようかと」
「俺にはないです。忙しいので雑談ならほかでどうぞ」
「お前に話があるんだよ」
「急ぎでないなら日を改めてもらっても?」
こいつはっ!
俺のことでの事後処理が大変なのはわかってるけど。もう少し、何ていうか。
はぁ、とわざとらしく息をつく。
「わかった。またにする。さっきギャレットさんから聞いたんだけど、俺が明日からライナス行ってそのあとしばらく帰れないの、お前はもう知ってるんだよな?」
「知ってますよ」
「クゥの誕生日まではライナスにいられないから、少し早いけど祝ってくる。ここに戻る頃には過ぎてるだろうけど」
邪魔して悪かったな、と言って背を向けると、ガタンと派手な音。
「…話、聞きます」
不服そうなその声に。
「人の話は素直に聞いとけ」
振り返って笑ってやる。
ふてくされた顔で、椅子から立ち上がったウィルが俺を睨んだ。
「聞くまでもないだろうけど、お前もライナスには来れない…よな?」
「行くならジェットのいない日にします」
まだ少しむすっとしたままそう返される。
誕生日、教えてやったんだから。話くらい付き合えよ。
そう思って睨むと、溜息をつかれた。
「ジェットは報告に行くんでしょう? きちんとお礼も言ってきてください」
「言われなくてもわかってるよ」
疑わしそうに俺を見て、ウィルは本当に、と念を押してくる。
「皆ジェットの為だからこそ動いてくれたんですからね」
「俺だから?」
「当然でしょう? ジェットが今まで築いてきた、ジェットの為の力です。誇っていいと思いますよ」
思ってもない言葉に、今度は俺が固まる番だった。
やり返した、みたいな顔をされてるのは正直腹が立つけど、ウィルが本気でそう思ってくれてることくらいわかる。
今まで味方を増やすべく動いてきた。そのことを認めてもらえたこと。そして何より、ウィルがわかっててくれたこと。
何だか妙に嬉しくて。
俺はここに来た目的を―――ウィルへの話を、素直に告げることにする。
「ギャレットさんが、皆と酒でも飲んでこいって言うんだよ。…だからまずライナスでと思ってて」
俺がイルヴィナでしか酒を飲まないことは、ウィルも知ってる。だから少し目を瞠ってから、ウィルはふっと笑った。
「いいんじゃないか」
ぽろりと洩れた素の口調に、ウィル自身もびっくりしたような顔をしてたけど。
それだけ本当の気持ちだってこと、だよな。
そう。だからこそ。
「なぁウィル。やっぱりお前も来れないか?」
「ですから―――」
「俺はお前とも酒が飲みたいし、礼を言いたい」
言葉を遮った俺をそれ以上何も言わずに見返すウィルは、突然思ってもなかったプレゼントをもらったこどものようにも見えて。
案外かわいい顔もするんだなと眺めてると、すっと目を逸らされた。
「…無理だとさっき言いましたよね? 礼なら今ここでどうぞ」
机の上の書類に視線を落としてそう言ってくるけど。…顔、赤いよな。
珍しい。ウィルが照れてる。
何だか少し―――いやかなり嬉しくて。
ニヤニヤして見てたら、顔を上げたウィルに睨まれた。
「落ち着いたら人手を増やします。任せられるように教え込んで、ギャレットさんとふたりで行きますよ」
ふぅ、と息をつく。
「実の、三十六日に」
俺を見て、仕方なさそうにウィルが笑った。
邪魔して悪かったな、とそう謝って。部屋を出ようと背を向けたとき。
「ジェット」
声をかけられ、振り返る。
取り繕った笑顔じゃない。何ていうか、小突きたくなるような、そんな顔で。
「イルヴィナでも飲むんでしょう?」
「そのつもりだけど」
にっこりと、ウィルが笑う。
「俺、酒は強いほうなんですよ。…ツブしてやるから覚悟してろ」
笑えない一言に、ちょっとからかいすぎたかなと苦笑しながら。
俺を見て素の表情で笑うウィルに、少し嬉しかったのは黙っておくことにする。
だから代わりに。
「ちゃんと連れて帰ってくれるなら、喜んでツブされてやるよ」
実の三十六日。
北の地、イルヴィナで。
ありがとうございます!
次から四話、ジェット過去編です。
重めの話が続いてすみません。




