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三八二年 動の十七日 ③

 ククルからナリスの食事を預かったダリューンは、宿に戻ったその足でナリスの部屋へと向かった。

 扉を叩くが出てこないので、そのまま続ける。しばらくすると、根負けしたナリスが扉を開けた。

「話がある。入るぞ」

 返事も待たずに踏み込んで、テーブルにトレイを置いた。

 放り出した荷物、脱ぎ捨てた服。几帳面なナリスにしては珍しいその惨状に、ダリューンは息をつく。

「話って何?」

「いい加減機嫌を直せ」

 ぴしゃりと言われ、ナリスが唇を歪める。

「あいつが黙っていた理由は話しただろう?」

「聞いたよ! 俺がこのパーティーを抜けてから困らないようにって!」

 噛みつくように言い返し、ナリスは怒りに任せて壁を殴る。

「でも俺は! 絶対喋ったりしないのに! 十一年も一緒にいて、俺まだそんなに信頼されてないんだ?」

「そうじゃない」

 静かな、しかし強い声でダリューンが否定する。

「言葉が足りなくてすまなかった。お前が喋ったりしないことはわかっている。だからこそ、だ」

「はぁ?」

「話せない秘密を持つことの辛さを、あいつは誰よりも知っている」

 はっと、ナリスが瞠目した。

「弟子のお前に、それを強いるわけがないだろう」

 淡々と、諭すようなその声に。

 ナリスは何か言いた気に口を開き、しかし結局言葉が出ずに唇を引き結ぶ。

 ようやく意図が伝わり、ダリューンは嘆息してナリスの肩に手を置いた。

「明日の朝に出る。ちゃんと食っておけ」

「…それでも」

 視線を落としてナリスが呟く。

「それでも俺は、話してほしかった。…一緒に、背負わせてほしかった」

 零れた本音に、ダリューンは少し笑ってナリスの頭を撫でる。

「それは直接ジェットに言ってやれ。あいつはあいつで、遠慮がすぎるからな」



 部屋の中、リックはひとり息をつく。

 ここに来る前に、ジェットの過去を聞いた。

 そう。以前ここで、ジェットは自分にこう言った。

『きっと俺は、お前の憧れてるような英雄じゃない』と。

 ジェットが自分を英雄だと思っていないことも。それでも英雄で在ろうとしていることも。

 すべてわかっても。自分の気持ちは変わらない。

 あのとき答えたそのまま、ジェットの弟子になれてよかったと思っている。

 自分の気持ちはジェットに伝えた。

 驚いて、笑って、ありがとうと言ってくれた。

 でも未だパーティーはぎこちないまま。だけど自分にはどうすることもできず、それがとてもはがゆく情けない。

(…俺じゃまだまだ駄目なんだよ)

 話を聞いて以来塞ぎ込んでいる兄弟子を思い、リックは溜息をついた。



 ダリューンに当たり散らしたおかげで少し落ち着いたナリスは、再びひとりになった部屋のらしからぬ惨状に失笑する。

 ライナスに向かう前にジェットの話を聞いてから、ずっとモヤモヤしていた。しかしようやく、その理由が自分にもわかった。

 手早く部屋を片付け、椅子に着く。

 トレイにかかる布をめくると、深めの皿にフレンチトーストが入っていた。お茶は宿で頼むようメモがあったが、今は行く気になれなかった。

 フォークを突き刺すと、持ち上げきれずに割れ落ちる。冷めてから食べる前提で、かなり柔らかく作ったようだ。

 行儀は悪いが皿ごと口元に寄せ、まだ温かいそれを食べながら、ナリスはまた少し考えに耽る。



 ナリスがギルドに入ったのは十三歳の頃だった。

 小間物屋の三男では外に稼ぎに行くしかなく、それなら旅生活ができるギルド員になろうと思ったのだ。

 ただそれだけの理由でギルドに入ったナリスには野心も向上心もなく、最初英雄の弟子になるのだと言われたときには辞退を考えた程であった。

 しかし、ジェットと過ごす日々は楽しかった。

 英雄と呼ばれるにふさわしい強さと優しさを持ち合わせるジェット。それなのに、ライナスの住人たちはジェットを英雄として扱うどころかときには弄り倒し、本人も文句を言いつつもどこか嬉しそうな表情で笑っている。

 どこまでも英雄として振舞う町の外と、あまりに違う姿。

 どちらが無理をしているかなど、考えるまでもなく。

 そんな様子を知るうちに、心配になった。

 そうして彼の下を去る決心がつかないまま、十一年になる。

 英雄と英雄の右腕が揃う中に、中堅の自分がいても仕方ない。早く後進たちに立ち位置を譲るべきだと言われていることも知っていた。

 しかしそれでも自分がここに居続けるのは、ジェットが心配だから。

 どこまでも己の身を顧みない、人の為にばかり動くジェットが心配だから。

(…あぁ、そうか)

 もそりと柔らかいパンを噛む。

(俺はずっと、ジェットの隣に立ちたかったのかな)

 身を削るジェットが倒れてしまわないように。

 ダリューンだけではない、自分ももう支えになれるのだと。

 何も話してもらえていなかった。そのことが、自覚なしのその願いを否定されたような気がしていたのだろう。

 息をつき、立ち上がる。

(…俺も随分勝手なことを言うようになったな)

 自覚もない口にもしない願いの何を相手にわかれというのだろうか。

 ジェットの悪い影響だと、内心笑って。

 お茶をもらって、残りを食べて。もう少し落ち着いたら。

 自分の願いをジェットに伝えに行こうと、そう決めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  相手を想う気持ちも、言葉が足りないと  すれ違ってしまうこともありますよね。    多いと多いで余計なことを言ってしまったり。  人間って、大変です。  リック、焦らなくて大丈夫!  …
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