三八二年 動の十七日 ②
「俺は皆に守られて、ひとりだけ生き残った」
淡々と語るジェット。三人は口も挟めず立ち尽くしていた。
「実際は途中から記憶がなくてな。後半はダンから聞いた話だ。気付いたら病院で。意識がはっきりする頃には、何もかも決められてた」
あの日、レトラスの下から別パーティーに移っていたダリューンは、後発隊として参加していた。意識が戻ったとき目の前にいたのもダリューンで。気付いてよかったと言われ、同時に何度も何度も謝られた。
「明らかな調査不足で、リーダー八人を含めて二十九人が死んだ。外部から資金を集めてるギルドにとって、致命的な失態だ」
調査費や出資金という名目での寄付金と討伐料で、ギルドは運営されている。信用を失うことは、そのままギルドの瓦解につながる。
「だからギルドは俺を魔物を全滅させた英雄として表に出すことで、真相を隠した」
殉職者二十九名。命懸けで戦った皆の死を、その一言で済ませたのだ。
あまりの仕打ちに怒りしかなかったが、自分が聞いたときには既に手筈は整っていて。
ギルドが潰れると遺族への見舞金も支払えなくなると言われれば、もうすべて呑み込むしかなかった。
「そうして生まれた名ばかりの英雄が俺だ」
浮かぶ笑みは、自嘲でしかない。
「今まで、話せなくてすまなかった」
深々と、ジェットが頭を下げた。
語られたジェットの過去、そして英雄の真実に、ククルはすぐに言葉を返せなかった。
ひとり生き残ったことを喜ぶような叔父でないことは、十二分にわかっている。自ら名ばかりと言いながらも二十年の間英雄で在り続けたのは、間違いなく命懸けで守ってくれた人々に報いる為なのだろう。
―――何も知らずにふさわしい称号だと思っていた自分が恥ずかしい。
二十年。その間。
ジェットはどれだけの想いを抱え、英雄として生きてきたのだろう。
そしてそれを話せないことで、どれだけ自分を責めてきたのだろう。
今まで欠片も見せなかったその辛苦を初めて知り、込み上げる涙の中、ククルはジェットに手を伸ばした。
そっと、ククルがジェットに歩み寄る。
「謝らないで。エト兄さんは何も悪くないじゃない」
腕に触れた手に顔を上げたジェット。瞳いっぱい涙をためて、ククルはジェットに抱きついた。
「話してくれてありがとう。エト兄さんが辛かったこと、何も知らなくてごめんなさい」
「クゥ…」
ぎゅっと、ククルを抱き返す。
「英雄でも。英雄でなくても。エト兄さんは私の大切な家族よ」
「…クゥは兄貴と同じこと言うんだな…」
天を仰ぎ、ジェットがぽつりと呟いた。
そんなジェットとククルを見つめ、レムはその場で泣きじゃくる。
それを慰めながら、テオもジェットを見据えた。
「ジェット。俺たちだってククルと同じ気持ちだけど。あとひとつ、言わせて」
自分を見るジェットに、仕方なさそうに息をついて。
「みずくさいんだよ、バカ」
テオが放ったその一言に。
「ほんとね」
ジェットを見上げ、泣き笑いのククル。
兄の暴言に驚いて涙の止まったレム。
言葉の割に優しい笑みを見せるテオ。
順に、三人を見て。
「…バカはないだろ」
そう、ジェットは笑った。
「父さんたちも知ってるんだよな?」
レムもククルも落ち着いてから、ふと気になったのかテオが問う。
「ああ。当時の店主は皆知ってる。あとリオルと。口止めはしてないから、もう少しいるとは思うけどな」
クライヴたちが亡くなったあと。ジェットが謝るリオルに言った言葉は、そのまま二十年前のリオルがジェットに言った言葉だった。
「英雄の故郷なんてことになれば、迷惑もかけるからな」
名を変え、こことのつながりを断とうかとも提案したが、皆に却下された。
『何をやっても、何になっても、お前は俺たちの弟だ』
そうクライヴに言われた。まさかククルにも同じようなことを言われるとは思わなかったが。
ジェット・エルフィンでいられたことで、自分は自分であることができた。故郷がなければ、間違いなく重責に押し潰されていた。
迷惑なんてかかってないと思うけど、と言い合う三人。その様子を眺めながら、ジェットは笑みを見せる。
クライヴとアレックにこどもが生まれて。初めてふたりに会ったときのことは今でも覚えている。
自分に伸ばされた小さな手に。
―――あのとき生かされてよかったと。初めて心から、そう思えた。
それからレムも生まれて。ただのジェットとしての自分を慕ってくれる三人に、どれだけ救われてきたか。
幼かった頃の姿を思い出していると、何か聞きたそうに自分を見上げるレムに気付いた。
「ん?」
「ジェットはそれから強くなったの?」
そう尋ねられ、ジェットは頷く。
「後発隊のリーダーたちが親身になってくれたんだ。最初組んだパーティーも、ダンを含めて事情を知ってる人たちばかりだったからな。教わりながら、旅してたよ」
その過酷さには触れず、さらりとジェットが答える。
「まぁ、アレック兄さんに勝てるようになるまで結構かかったけどな」
「え? お父さん?」
「アレック兄さんも兄貴も親父に鍛えられてたからな」
知らなかったのか、と笑うジェット。
「え? え? お兄ちゃん知ってた?」
「俺は父さんに少しは教わってるから」
宿も食堂も、暴力沙汰に巻き込まれることがないとはいえない。なので男手のテオにだけは、少し手解きしてあるのだろう。
「えーっ? じゃあ私だけ?」
「私も知らなかった」
レムとククルが顔を見合わせる。
ジェットはしばらくその様子を眺めたあと、改めて三人の名を呼んだ。
真剣味の増したそれに、三人も口を噤んでジェットを見返す。
「昔のことを探ってる奴がいるらしい。変に耳に入れる前に、俺から話しておこうと思ってな」
急に過去のことを語った経緯を告げ、ククルを見る。
「クゥ。もしかしたらここにも何か影響があるかもしれない。できればどこかに―――」
言いかけ、ククルの表情に途中で言葉を呑む。
諦めたように、息をついて。
「そうだよな。クゥはそういう奴だな」
「わかってくれてて嬉しいわ、エト兄さん」
にっこりと、ククルが微笑む。
「ここで。待ってるから」
「わかった」
自分でも手を焼く程の頑なさを見せることもある姪。
譲る気はないと感じ、ジェットは素直に頷く。
「レムも。あんまりひとりで客の応対するなよ。テオ。無理のない範囲で頼むな」
「わかってる」
「できるだけのことはするよ」
次々に答えるふたり。そしてククルに。
気を付けてな、と呟いた。




