三八二年 動の十七日 ①
客足も落ち着いた昼下がり。丘の上食堂にジェットたちパーティーがやってきた。
「エト兄さん? おかえりなさい」
てっきり中断した北の調査に出ているものだと思っていたククルは、思わぬ来訪に驚く。
「ただいま」
そう言って笑うジェットに少し違和感を感じ、ククルは駆け寄った。
「大丈夫?」
短い問いに瞠目して見返してから、辞色を和らげ。
「ああ。ありがとな」
ジェットにしては小さな声でそう返した。
まだ心配そうな顔をしながらも、ククルはジェットのうしろに視線をやる。
「ダン、リック。お疲れ様」
そう言ってから、金髪の青年を探す。
「ナリスは…?」
「疲れたって、先に宿に行ってるよ」
すぐにリックが答えてくれた。
内心ほっと息をつくククル。
「また夕方に来る」
ククルの頭を撫でてそう言い、ダリューンとリックは店を出た。
残ったジェットが荷物の中から水色の包みを引っ張り出してくる。
「ウィルから。渡しに来れないからって頼まれた」
「ウィルから?」
包みの上に『レザン村からお土産のお礼だと頼まれました』と書かれたカードが貼りつけてある。
前回ジェットたちが帰ってすぐ、休みが取れたので村用の土産を作ってほしいとやってきたウィルバート。帰省がどうなったのか、少し気にはなっていたのだが。
包みを開けると、淡いピンク色のショールと手紙が入っていた。
ランスロット・レザンの名で、土産の礼と、自分たちが伝えるべき言葉を代弁してくれたことへの感謝を、と書かれてある。
「よかった…」
ぽつりと零れる。
やはりウィルバートの家族は彼の帰りを待っていたのだ。
十年で初めての帰省がいいものになったのならよかったと、ククルは安堵する。
ほっとした様子のククルに少し表情を和らげ、ジェットは頭を撫でた。
「帰ってきたウィル、何か嬉しそうにしてたよ。ありがとな、クゥ」
「私はお菓子を作っただけよ」
そう笑ってから、ジェットを見上げる。
「何かあった?」
問いには答えずもう一撫でして。
「仕事の話が残ってるから、今日は宿に泊まるな。また夜に来る」
そう言い、店を出て行った。
どうにもいつもと様子の違うジェットたちに、ククルは少し不安を感じた。
夕方からはダリューンが来てくれたが、結局ナリスは姿を見せないままだった。
食事を持っていこうかとダリューンに言ってみたが、休ませてやってくれと返される。
パーティー内のぎこちなさは、もはや疑いようもなかった。
姿を現さないナリス。
どこかおとなしいリック。
そして、一歩引いたままのジェット。
ダリューンだけはいつも通り、言葉少なに皆の様子を見守っているのだが。
それだけではどうしようもないズレを、ククルも感じていた。
ちらりとテオに視線を向けると、同じように困惑した眼差しを返される。感じていることは同じなのだろう。
ククルたちの心配をよそに、店の営業は終わった。手伝おうとするダリューンに、ナリス用の夜食を渡して届けてもらえるよう頼む。
頷いたダリューンが店を出てしばらく。唐突なドアベルの音に顔を上げると、レムを連れたジェットが店に入ってきた。
「片付け終わったらちょっといいか?」
ジェットが小さく、そう呟いた。
閉店作業をすませた店内。
いつになく真剣な面持ちのジェットが、ククル、テオ、レムに向き合う。
「…時間を取らせて悪いが、ちょっと話、させてくれ」
少し悩んでそう切り出すジェット。
「俺が英雄になったときのこと。お前たちにはまだ話してなかったから」
「イルヴィナの奇跡?」
呟くテオに、ジェットは苦笑する。
「そう、言われてるけどな。あれは奇跡なんかじゃない」
低い呟きに、辛苦が滲む。
「イルヴィナの悪夢、だ」




