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ウィルバート・レザン/レザンにて

 少し日が傾きかけた頃。俺は十年振りに故郷の地に立っていた。

 辛うじて見覚えのある風景。

 おそらくは全くわからないだろう家族。

 正直、不安だった。

 馬を降り歩を進める。一番奥にあるランス(にい)の家に向かう、その途中。目指す家から青髪の男が飛び出してきた。そのまま一直線に俺の前まで走ってくる。

「ウィル(にい)っ」

 懐かしい呼び名を口にする暗青の髪と深紅の瞳のその男には、見覚えがあった。

 髪色が似てるからか、孤児院にいたときから兄のように慕ってくれていた、三つ下の弟。

「フェイト、か?」

 名を呟くと、嬉しそうに目を輝かせて抱きついてくる。

「おかえり、ウィル兄! 皆待ってるぜ」

「待って…?」

「当たり前だろ」

 馬貸して、と手綱を取って歩き出すフェイト。

 もしかして、自分で思ってる以上に歓迎されているんだろうか。

 そんなことを思いながら、俺はフェイトのあとを追った。



 ランス兄の家には全員が集まってくれていた。

「ウィル」

 すっかり大人になったランス兄が、俺を見て笑う。

「おかえり」

「…ただいま」

 ただいまと言っていいのか少し迷ったが、素直にそう告げる。

「すっかり大人になったな」

「ランス兄も」

 同じことを思っていたのかと、少しおかしく思いながら。

 何を言えばいいのかと迷っているうちにランス兄の手が伸びてきて、ぎゅっと抱きしめられる。

「ランス兄?」

「…よく、帰ってきてくれたな…」

 呟く声が涙声に聞こえて、俺はおとなしくされるがままになっていた。

 頭の中が混乱していた。

 十年振り、初めての帰郷。邪険にはされないまでも、腫れ物を触るように扱われる覚悟はしてた。なのに。

 何ひとつ、そんな様子を見せない皆。

 もしかして本当に、この十年、俺が帰るのを待っていてくれてたんだろうか?

 じわりと込み上げるものに。

 俺は自分からも、ランス兄の背に腕を回した。



 十年振りということで、皆に改めて自己紹介をしてもらい、ランス兄の妻子にも挨拶をして、全員で食事となった。

 さすがに家の中では無理なので、外で食べるらしい。

 ククルに作ってもらった菓子も渡して並べてもらう。ケーキだ、と嬉しそうな皆の様子に、何故だか自分まで誇らしく感じた。

 十五人での食事はとても賑やかで。

 囲まれて色々聞かれたり、村の話を聞いたり。

 アレックさん仕様らしい酒入りパウンドケーキを食べて撃沈した奴がいたり。

 実際会うのは十年振りだけど、こうしてると皆に何となく覚えがあるのは、間違いなくランス兄が俺にくれてた手紙のおかげなんだろうなと、そう思った。

 俺は事務的な返事しか出さなかったのに、村であった他愛もないこと、皆の様子、それを丁寧に、丁寧に。言葉を尽くして伝えてくれていたからなんだと。

 同時に皆が俺に普通に接してくれるのは、ランス兄がずっと俺のことを家族として伝えてくれていたからなんだと。

 ―――ここに戻らなければ気付けなかった。

 俺がひとりで生きてる気になってたこの十年。俺の家族は変わらずここにいたんだと。

「ウィル兄?」

 横にいたフェイトに名を呼ばれ、何でもないと首を振る。

 本当に、俺は自分のことしか見えてなかったんだなと。そう思った。



 今日はランス兄の家に泊まることになった。

「ウィルの家も使えるんだけどな。でも今日は積もる話もあることだし」

「家? 俺の?」

「あるに決まってるじゃないか。いつでも帰ってこられるようにしてある」

 さも当然、とばかりに言われる。

「まぁあとは男同士腹を割って話そう。十年も帰らなかったお前には、兄からの説教も必要だろう?」

 そう言って、軽く小突かれて。

 引っ張っていかれた部屋ではフェイトが酒の用意をしていた。

「ウィル兄! 座って座って」

 俺の部屋だぞ、とランス兄が苦笑する。

 言われた通りソファーに座ると、フェイトは嬉しそうに横に座り、赤ワインのグラスを渡してくる。テーブルの上には見覚えのあるチーズクッキーとチョコがけドライフルーツ。あとはランス兄たちが用意してくれたものだろう。

「じゃあ、乾杯」

 ランス兄の声にグラスを合わせ、一口飲む。

 ライナスでは蒸留酒ばかり飲んでいたからか、久し振りの渋味が心地いい。

「で、だ。十年間一度も帰れない程ギルドは忙しいのか?」

 宣言通りの説教から始まった。

 本気で怒っているわけじゃないのは顔でわかる。だから少しずつ、俺は自分のことを話していく。

 必死に働いていたら、いつの間にか数年経っていた。そうして時間が経てば経つほど、帰る勇気を失っていった。

 自分がいなくても村はちゃんとやっていってる。自分の居場所は村の外で、村の中にはないものだと。

 そう思っていたと、正直に話した。

「…ウィルはバカだな」

 ぼそりとランス兄に呟かれ、俺は苦笑して頷く。

「俺もそう思うよ」

「でも、それは俺も同じだな」

 自嘲気味のランス兄の声。

「賑やかで何でもある中央で暮らしていたら、ここの生活なんて嫌になったんじゃないかと思っていた。だからあまり強く帰ってこいとも言えなかった」

 すまなかった、と頭を下げられる。

「いい加減帰れと、ギルドに怒鳴り込みに行けばよかった」

「えっ?」

 真顔で言われ、一瞬固まる。

 隣でフェイトが吹き出して。

「それ、俺もついてく。働かせすぎだって言ってやるよ」

 笑いながら、そう言った。



 話の流れで、今回何日休みがもらえたのか聞かれた。五日と白状すると、フェイトが驚いたのか袖を掴んでくる。

「じゃあもっとゆっくりできるじゃん?」

 レザンから中央までは、朝に出ればその日のうちに着く。本来なら数日泊まれる余裕はあったんだが。

「ごめん。ライナスに寄ったから、休み明日で終わりなんだ」

「ライナス? ってどこ?」

 ミルドレッド地区と答えると、大体の位置はわかったらしい。何でそんなとこに、とフェイトは不服そうに呟く。

「それ、取りに行ってて」

 テーブルの上の菓子を指す。

「お土産?」

「そう。知り合いに作ってもらえるよう頼んで。取りに行ってた」

「そんなの送ってもらえばいいじゃんか…」

 当然といえば当然の言葉に、俺は笑うしかなかった。

 ククルに会いたかったからだとは、ちょっと言えない。

「ライナスといえば、英雄の故郷か」

 ランス兄はジェットの故郷だと知ってたらしい。

「それ、作ってくれたのがジェットの姪なんだ」

「ああ、それで」

 俺がジェット付きなのはランス兄たちも知ってる。納得したように頷いて、ランス兄が俺を見た。

「英雄の姪、ね」

 どこか含みのある声に、少し居心地の悪さを感じる。

「…何?」

「いいや。何でもない」

 面白そうな笑みを浮かべるランス兄。

 少し怪訝に思ったが、それ以上は聞かなかった。



 そのあとも色々と話をして。親父の愚痴も感謝も言い合って。

 あまり酒には強くないのか、寝てしまったフェイトにふたりがけのソファーを譲り、俺はランス兄と並んで酒を飲む。

「…なぁ、ウィル」

 ぽつりとランス兄が呟く。

「どうして急に、帰る気になったんだ?」

 今までの俺の話には出てない、帰ろうと思った理由。

 それを聞かれ、俺はククルを思い出す。

「…待ってる側の気持ちを教えてもらったんだ」

 俺にはわからない、その気持ち。

「帰ってきてくれるだけで嬉しいものだって。だからいつでも帰ればいいって、言われた」

 そんな気持ちで、彼女はいつもジェットを待っているんだろうか。

 ククルの言葉を告げた俺に、そうか、とランス兄。

「なら俺は、()()に礼を言わないとな。本当なら俺が言うべき言葉を、ウィルに伝えてくれてありがとう、と」

 微笑むランス兄―――って、彼女?

「ランス兄?」

「英雄の姪、だろ?」

 ランス兄の笑みに、少しだけからかうような色が混ざる。

「土産の話をしてるときと、同じ顔してるぞ」

「お、同じ顔って」

「嬉しそうな顔、だよ」

 思わず片手で口元を覆って視線を逸らす。

 楽しそうに笑ってから、ランス兄は立ち上がった。

「ほら、ついてこい」

「え?」

 部屋を出るランス兄に慌ててついていく。地下まで降りた先には倉庫部屋があった。

 洗った羊毛、紡いだ糸。染めた糸に織った布。壁一面の棚に分けて置かれてある。

「ランス兄? 一体…」

「いや、美味しい土産も作ってもらったそうだし、俺たちの気持ちを代弁してもらったわけだからな」

 振り返って、俺を見る。

「彼女がいなければ、ウィルは今ここには来てない。そうだろ?」

「それ、は…」

 口籠る俺に、責めてるんじゃない、と言い添えて。

「だから俺も、彼女に感謝を伝えたい。というわけでだ、ウィル」

 がしっと肩を掴まれる。

 ランス兄の笑みに、嫌な予感しかしない。

「彼女のこと、洗いざらい話せ」

「何でっ」

「うちからお返しに渡せそうなものは出荷用に作ってる羊毛品くらいだからな。話聞いて、似合いそうなの選ぶんだよ」



 結局根掘り葉掘り聞かれ、ものすごく疲れた。

 年を言ったときに驚いた顔をされたから、さすがに相手が成人前なんて引かれたかと思ったんだが、違ったらしく。

 ランス兄曰く、俺から聞いた言動が大人びてるからもっと上かと思っていた、と。

 確かに、幼い頃から店に立ち大人たち相手に働いてきたんだから、そうなのかもしれない。

 現にいつも丁寧な彼女の口調が崩れるのは、町の住人とジェット、幼い頃から知り合いのダンとナリスくらいだ。

 俺はまだまだ彼女の日常には入れないようだと、少し寂しく思いながら。

 ランス兄が選んだのは、淡いピンク色のショール。寒い時期に使うものだから、柔らかい色がいいと言っていた。

「包んでおくから、ちゃんと渡すんだぞ?」

「直接は無理かもしれないけど、何とかするよ」

 直接渡せ、と呆れ顔で笑うランス兄。

 ここに来たから気付いたこと。その礼を。

 俺はまだ、伝えていない。

「ランス兄」

 名を呼ぶと、見返す眼が真剣味を帯びる。

「俺をここまで来させたのはククルかもしれないけど、俺と皆とをつないでくれてたのは、間違いなくランス兄だ」

 右手を差し出す。

「今までずっと、ありがとう。これからもよろしくな」

 俺と、俺の手を順に見て。

 大きく息をついてから、ランス兄は俺の手を握り、目を閉じた。

「ああ。いつでも帰ってこい」



 翌日、中央に帰る俺を皆が見送りに来てくれて。

 次はいつ帰ってくるかと聞かれ、そのうち帰るからと答えておく。

 俺の故郷、レザン村。

 ここに帰ってこられたことを、本当に、嬉しく思った。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ウィルバート、よかったね~。( ;∀;)  ランス兄さん、いい人。  そして、鋭い。笑  しかし、十年ですか……。  皆、成長してるよね。  そう考えると、長い年月だったかと。  帰る…
[一言] 帰る場所がある 待ってくれている人がいる それは、それだけで、幸せなことですよね
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