ウィルバート・レザン/彼女の日常
カウンターの右端、俺はいつもの席でお茶を飲む。
「お菓子、足りそうですか?」
カウンター内からの声に頷くと、よかったとククルが笑った。
この先忙しくなるからと、今のうちに五日の休みをもらった。早朝出夜着のここまでの強行軍はキツかったが、休みが足りないから仕方ない。
そろそろ片付けに奥に入るんだろう、テオがこっちを気にしてるが無視する。
最初はジェットの代わりで始めたこの店番。引き受けたあの日の自分をほめてやりたい。おかげで今、一刻だけでも彼女の日常にいられるんだから。
客はあと一組。テオも奥へ行った。あとは遠慮なくククルを眺めることにする。
―――あの日、この店で。
俺の八つ当たりに、同じで嬉しいと微笑んだククル。等身大の自分を認めまっすぐ前を向く彼女は、とても眩しく見えて。俺はようやく惹かれていることを自覚した。
少しでも近付こうと内心色々策を練って挑んだ昼食も、結果はともあれ惨敗だった。
幼馴染で、仕事仲間。そんなテオとのやりとりは、視線を合わせることも余計な言葉も必要ない、ほかの誰といるよりも自然体に見えた。
そう。これが彼女の日常で。
そしてそこに、俺はいない。
心を塗り潰した嫉妬に完全に策を忘れ、かなり無様に望みを口にしてしまった。
それでも受け入れてくれた彼女に、少し欲が出て。
無様ついでにわざと紛らわしい言い方で好きだと言ってみた。
頬を赤らめでもしてくれたらそのまま押し切ろうと思っていたんだが、そう上手くはいかなかった。
視線に気付いたククルが首を傾げた。何でもないですと返しておく。
本当に、俺の気持ちになんて欠片も気付いてないんだろう。
寂しさと、だからこそこうしてられる嬉しさと。今まで味わったことのないごちゃまぜの感情。初めてのことばかりで、理解が追いつかない。
自分の中にこんな浮ついたところがあるなんて思ってもなかった。
本当に、ここに来てから調子の狂うことばっかりだが。
それも悪くないと、今はそう思えた。
奥の部屋から時々濃茶の髪が見える。気が気でないのか、こうしてたまに様子を窺ってるテオ。
本当ならテオに気付かれずにいたほうがやりやすかったんだが、どうにも我慢できなかった。
お前は宿屋の息子なんだから、宿に戻って店に来るんだろうが。
無意識だろうテオの言葉にいらっとした。だからあおった。
俺もまだまだ詰めが甘い。
最後の客も帰り、あとは閉店作業。もうすぐこの日常もおひらきだ。
ククルに用意してもらった菓子を土産に、俺は明日、十年振りにレザンに向かう。
いつまでも待っているものだと教えてくれた彼女を信じて、なけなしの勇気を振り絞り、皆の前に立ってみようと思っている。
「ククル」
名を呼ぶと、手を止めて俺を見る。
ごちそうさまでしたとお茶のトレイを手渡すと、礼と共に微笑み返される。
本当に。もう。




