ジェット・エルフィン/この手を離れても
「早いよなぁ…」
兄貴と義姉さんの前。つい呟きが洩れる。
実の五十日。
今日、クゥとテオが結婚する。
「エト兄さん。どこに行ってたの?」
店に戻るとカウンターの中のクゥにそう聞かれたけど。
ちょっと待て。何でクゥがそこにいるんだ?
「クゥ、お前こそ準備は…」
「あとは服を着替えるだけだもの」
首から上の準備はできてると笑うククル。
「昨日準備はしてるけど、あとはお義父さんとダンに任せるから。わかりやすいようにと思って」
自分の結婚当日の昼に普段着にエプロンして料理の準備してるって。普通周りが止めるだろ?
ったく、ダンナはどこに行ったんだ。
「ククル! ついでだからこれも持って…って、ジェット。おかえり」
内心ボヤいてたら奥からテオが食材を持って出てきたけど。クゥと同じ、普段着にエプロン姿。
全く。この似た者夫婦め。
「だって。届け出出して帰るだけなのに。ずっとあんなカッコしてたらこっちの準備できないし」
「準備は周りがやるんだろ」
って言っても。俺は手伝うなと止められたから、兄貴たちに報告しに行ってたんだけど。
「わかってる俺たちがやったほうが早いし。宿も忙しいしさ」
完全に知り合いだらけの宿泊客だから、レムとナリスで何とかなるだろうけどな。
俺たち親族の役目は夫婦となるふたりを送り出して、夫婦となったふたりを迎え入れて、あとは客を含めてもてなすことだけど。送り出すのも迎え入れるのも同じ家ってのはどうかってことで、結果クゥたちは宿から出て、これからふたりで住むこの店に戻ることになった。
実家が別の町とか、家が狭いとかで。宿から食堂へってのはよくある話だし、もちろんそのときは宿と食堂の人が準備してくれるんだけど。
ふたりの場合、宿の息子と食堂の娘が結婚するわけだから、当然全部自分たちでしなきゃならない。慌ただしくなるわけだよな。
昼食は送り出す側だから、ついでに朝食も宿で出すことになって。二年半振りに宿の食堂が開けられた。
クゥ側の親族が俺しかいないから、本当は俺が夕食の支度をするべきだし、するとは言ったんだけど。全員に止められた。
特にクゥが、あとが大変だからって。どういう意味だよ。
なので朝昼はアレック兄さんとフィーナ義姉さんが宿で、夕食はアレック兄さんとダンが店で出せるよう受け持ってくれた。リックも皆も手伝うとは言ってくれたんだけど、もてなされる人も必要だからな。
ダンが来て、あとは任せろと散々言って、ようやく部屋に着替えに行ったクゥ。テオも今日の服は向こうの家にあるからと戻っていった。
「ごめんな、ダン。手伝い側に回して」
どう考えてもクゥ側の手が足りないから、ダンだけは親族扱いにして手伝ってもらうことにした。
「いや。むしろこのほうが嬉しい」
そう言って笑うダン。
「俺にとっても家族のようなものだからな」
ダンもクゥが生まれたときから知ってるから。
そうだよな。ダンにとっても妹だよな。
最近は俺たちもウィルも毎回訓練に行くこともなくなって。ここへ来る機会もぐっと減った。
あの六人とリックが交代で手本役をするのだけは変わらず。俺たちが来れなくて手合わせできない分は、セレスティアの警邏隊の訓練場での合同訓練のときに埋め合わせをしてる。
ナリスももうギルドを辞めて。
来年には新人をひとり加えることになって。
この一年で、本当に色々変わった。
イルヴィナのことが完全に解決して、いろんな心配もなくなったから仕方ないんだけど。ここに来て、訓練を見ていた頃が懐かしい。
ダンとそんな話をするうちに、クゥが降りてきた。
この日定番の白いワンピース。来月結婚するレムとお揃いで作ったらしい。今日着たあとは好きに染めて使うらしいけど、白のままでも似合うよな。
衣装が素朴な分アクセサリーは凝るって聞いたから。お祝いがてら何か、と思ったんだけど、クゥもレムもアリーにもらったものを使うんだって言って用意させてもらえなかった。
クゥの瞳の色とそっくりの、淡い紫色のネックレスとイヤリング。ガラスって言ってたけど結構光るのな。
うん。やっぱりクゥはかわいいな。
まじまじ見てたら、クゥが急に不安そうな顔になって自分の姿を確認しだす。
「どこかおかしい?」
あんまり俺が見るから気になったみたいだな。
「違う違う。似合うなって思って見てただけだって」
慌ててそう言うと、クゥはちょっと恥ずかしそうに笑った。
「もう。エト兄さんったら」
その顔は俺の知ってるクゥではあるけど、すっかり大人の女性で。
そうだよな、クゥももう二十歳なんだもんな。
いつまでも守られてるこどもじゃないんだよな。
「…本当に。綺麗だ」
思わず口から洩れた呟きに、クゥは驚いたように俺を見て。
「…エト兄さん」
ゆっくり近付いてきて、そっと俺を抱きしめた。
「ありがとう。エト兄さんがいてくれたから、私はひとりじゃなかったの」
「……俺より近くに皆がいただろ?」
兄貴たちが死んだときも。クゥが襲われたときも。傍にいることも一番に駆けつけることもできなかった。
そんな俺なのに。それでもクゥは首を振る。
「それでも。私の叔父はエト兄さんしかいないのよ」
少し笑って。俺を見上げて。
「私の叔父がエト兄さんで、私は本当に幸せよ」
「クゥ…」
幸せなのは、俺のほうだ。
クゥが姪で幸せなのは、俺のほうなんだ。
「ありがとう。…幸せにな」
抱きしめ返して、何とかそれだけは言うことができた。
クゥとダンと一緒に宿に行く。
入るなり、レムが歓声を上げてクゥに飛びついた。そのふたりを、今度はアリーがまとめて抱きしめてる。
ホントこの三人、仲いいよな。
にしても。男共の…ロイも大概だけど、特にゼクスさんたちの顔!
わかるけど。クゥは間違いなくかわいいけど。
ちょっとデレ過ぎだろ。
囲まれるクゥを眺めるテオに気付いて近付く。
「早かったな」
「着替えただけだから。ククル程かからないって」
テオも定番の白の上下。クゥを見つめる眼差しは優しいと同時にどこか決意に満ちて。クゥ同様、いつの間にか大人の顔になっていた。
…うん。テオなら大丈夫だ。
「…皆来てくれてよかったな」
「うん。ディーまで来てくれたのは驚いた」
そうそう。六人を代表してって言って。来てくれたんだよな。
すっかり中堅のあの六人は、どれだけ立場がよくなってもあのときのことを隠そうとしない。自分たちのことを間違えた者なんだって。それでもやり直すことができるからって。そう言い続けてる。
…クゥたちが妙な尊敬を集めてるのって、ひょっとしてこの六人のせい、か…?
「ウィルとオルセンは残念だったけどさ」
「ふたりも残念がってたよ」
忙しいウィルに代わって最近訓練に来だしたオルセンも、すっかりここが気に入って。クゥたちが同い年だって知ってからは、自分もしっかりしないと、と言い出した。
ウィルは相変わらずだけど。多分ギャレットさんはウィルを後進にするつもりなんだろう。俺関係以外も仕事を任され始めてる。
きっと来月も来れないんだろうな。
せめてまとめてしてくれたら、休めたかもしれないのに。
「…テオ、何で来月レムと一緒にしなかったんだ?」
レムも宿から送り出して食堂に迎え入れるのでいいはずだし。それなら皆だって一度来るだけで済んだ。
まぁ二回来れるのは嬉しいんだけど。
テオは一度俺を見てから、ふいっと視線を逸す。
「……レムより先に結婚したかったんだよ」
……兄として、ってやつなんだろうか。
ひとしきり話をして。
テオがクゥの手を取った。
「今まで、ありがとうございました」
皆に向け、ふたりが深々と頭を下げる。
「いってきます」
顔を見合わせ、微笑み合って。
皆に見送られながら、クゥとテオが宿を出た。
あとは道中祝われながら町の世話役に届け出を出して戻るだけだけど。クゥの希望で行きも帰りも兄貴たちのところに寄ることになってる。
町の皆も張り切ってたし。しばらくかかるかな。
テオと並んで立ち去るクゥのうしろ姿に、これで完全に俺の手から離れたんだと実感した。
もちろん俺が育てたわけでもないし、ほとんどここにいなかった俺に何ができたわけじゃないけど。それでもクゥの叔父として見守ってきたつもりだった。
兄貴たちが死んでからは特に、俺が守らないとって思いが強くて。
こっちのゴタゴタに巻き込みまくって迷惑もかけたけど。
いつかは来るとわかってたこの日。
もうクゥに俺の手は必要ないんだろうな。
嬉しいのと。誇らしいのと。何より寂しいのと。
そんな思いを持て余しながらぼんやり入口を眺めていたら、背中を強く叩かれた。
「何て顔してるんだ」
「アレック兄さん…」
いつの間にか隣に来ていたアレック兄さん。たぶん俺と同じような気持ちなんだろう。晴々と、とは言い難い顔をしてる。
「……こどもの成長は早いな」
アレック兄さんがぼそりと呟く。
「俺の場合はふたりともここに残ってくれるから喜ぶべきなんだが。それでもな」
「…そうだよな」
クゥも変わらず店にいる。生活自体にそう大きな変化はない。
それでも感じるこの寂しさは、やはりクゥが自分とは別の家族を持つからなんだろうか。
「何を言ってるの」
うしろからの呆れた声にふたりで振り返ると、顔まで呆れた様子でフィーナ義姉さんが俺たちを見ていた。
「手を離れたなんて言ってられるのは最初だけよ。夫婦が二組、同時に増えるんだから。このあとどれだけ大変になるかなんて考えるまでもないわ」
何のことかわからずにアレック兄さんと顔を見合わせて。フィーナ義姉さんに呑気ね、とぼやかれる。
「手を離れたからって責任がなくなるわけじゃないわよね。アレックはいつまでも父親だし、ジェットは叔父でしょう?」
そりゃあ、そうだけど。
ピンときてない俺たちに、フィーナ義姉さんは続ける。
「別の家庭を築いても家族でなくなるわけじゃないわ。それに、傍にいてもらえる分、特に私たちは大変よ」
しっかりしなさい、と笑うフィーナ義姉さんは全然寂しそうじゃなくて。大変だと言う割にはむしろこれからのことを楽しみにしてるように見えた。
アレック兄さんとまた顔を見合わせて。
「アレック兄さんたちは何が大変なんだ?」
「何だろうな…?」
本当に呑気ね、とまた笑われながら。
結局フィーナ義姉さんは教えてくれなかった。
全員で店に移動して待つ。やっぱり少し時間がかかったようで、距離の割にはゆっくりとふたりは帰ってきた。
「無事夫婦となれました」
そう言って頭を下げるふたり。
「テオ・エルフィンとククル・エルフィンとして。改めてよろしくお願いします」
聞いてはいたけど。ホントにテオがエルフィンって名乗るんだな…。
皆で拍手で迎えて。あとはふたりを囲んで祝うだけ。
グラスに酒を注がれまくりながら祝われるテオ。目の前になみなみ注がれたグラスが四つ並んだところでクゥがにっこり笑って止めた。もちろんこの場にクゥに逆らえる男はいない。
「テオ」
しばらくしてからテオの前に座ると、ひとつ目を半分程飲んだテオが、何、と返してきた。
「とりあえず、まずはおめでとう」
今更の祝いの言葉にきょとんと俺を見て。それからふっと笑う。
「ありがとう」
笑うとどこか幼くて。結婚しても、大人になっても、やっぱりテオなんだと思う。
そんなテオに。
「…家名。エルフィンでよかったのか?」
多くは夫の姓を妻も名乗る。
店名には家名をつけることが多いから、もちろんそういう店を継ぐときには逆になるのもまぁある話だけど。
兄貴の店は家名じゃないから。別にクゥがカスケードと名乗っても問題はないのに。
続けて尋ねると、テオは何でもないことのように笑って、もちろんときっぱり言い切った。
「前からナリスと話してたんだ。やっぱり宿はカスケードで、店はエルフィンだよなって」
テオ同様、ナリスがカスケードと名乗ることも本人から聞いてる。
驚いたけど。もう決めたからと言われた。
「父さんたちも、ナリスの両親もそれでいいって言ってくれたし。それに…」
テオがまっすぐ俺を見る。
「ジェットの家族になれて、俺も嬉しい」
照れたように笑うテオに、ようやく気付いた。
クゥがカスケードを名乗れば、エルフィン姓は俺しかいなくなる。
俺をひとりにしない為に。
俺の家族でいる為に。
ふたりはエルフィン姓を名乗ることを決めたのだと。
「…テオ……」
「ずっと家族同然だったけど。これからは本当に家族だから」
テオも。隣のクゥも。本当に嬉しそうで。
「だから。これからもよろしく、ジェット」
「これからも見守っててね」
ふたり揃ってそう言われて。
嬉しくて。もう泣きそうになりながら。
「俺のほうこそ。よろしくな」
何とか声を絞り出した。
クゥは今日テオと結婚して、新しく家庭を築く。
俺はこの手を放して、クゥをテオへと託すことになった。
でも。たとえこの手を離れても。
クゥはいつまでも俺の姪だし。
ふたりが大事な家族なんだってことに変わりはない。
そう思っていていいのだと。
俺を見るふたりの笑顔に、そう言われた気がした。
片付けを済ませて。昨夜は自室に泊まったけど、今晩からはテオもこの家に住む。
さすがに今日くらいはふたりにしてやれと言われてるから、俺は今夜は宿に泊まることになってた。
「じゃあおやすみ、クゥ、テオ」
「おやすみ、ジェット」
「おやすみなさい」
ふたりを残しておやすみっていうのも変な感じだな。
そんなことを考えながら歩きだしてすぐ。
「エト兄さん」
クゥに呼ばれて振り返る。
「ありがとう」
テオの隣、幸せそうにクゥが笑った。
ククルとテオの結婚当日。ジェット目線の、各キャラのその後の様子です。
結婚するといっても届け出を出してお祝いするだけ、命日同様どちらかというと皆が集まる為の催しです。




