アリヴェーラ・スタッツ/本当の自分
街の奥の三棟続きの大きな建物。
セレスティアの警邏隊の訓練場。その前に、私とロイは来ていた。
「広いよね」
呆れたみたいにロイが呟く。
「ロイヴェインさん!」
真ん中の入口に立ってた男が走ってきて、私を見てちょっと驚いた顔をした。
ま、理由はわかるわよ?
ロイのフリをする為に髪も切ったし。そりゃあそっくりでしょうよ。
ただ、男装はしないでってギャレットさんに言われてるから、胸を邪魔にならない程度に押さえてきただけだし。見れば女ってわかるはず。
警邏隊のその男は、前の騒動のときにロイと知り合ったらしくて。その縁で今回案内役を引き受けてくれたんだって。
「今日はよろしくお願いするわね」
笑ってそう言うと、ちょっとうろたえてながら案内してくれた。
真ん中の建物に入ったのに中は一続きで、三棟分の広さがあった。壁、というより仕切りで三棟に区切られるようだけど、今は端に寄せてある。
ここでやるって聞いて、ダンとふたりで手合わせするだけなのに大袈裟なって思ってたんだけど。入って納得した。
確かに見学は許可したけど! 皆どれだけ暇なの? 多すぎでしょう?
真ん中一棟分だけ空いてて、左右一棟ずつ、ギルド員と警邏隊にわかれて結構な人数がいる。
ギルド側には見覚えある顔がいくつもあって。訓練に来てた子たちね。
「おっ、来たな」
ギルド側の一番前のど真ん中、座り込んでるジェットが手を上げた。隣にいるナリスとリックも手を振ってくれてる。
「楽しんでね」
ロイがそう言ってジェットたちのほうへ行った。
周りの視線を浴びながら、正面に立つダンに目を向ける。
いつも通りの表情のダン。
こうして向かい合えて、本当に嬉しい。
ギルド最強だという男を初めて見たのは三年前。ロイの代わりにヴェインとしておじいちゃんに付き添ったイルヴィナでだった。
石板の前に膝をついてうなだれる英雄のうしろで、ただじっと立ち尽くす大男。
肌に感じる強さと真逆の、ただ心配そうに英雄を見守る銀灰の瞳。あんなに大きな身体なのに、どこか儚げで。大丈夫なのかと聞きたくなった。
次に会ったのはライナスで。イルヴィナの真実が暴かれたからか、あのときよりも落ち着いた瞳にほっとした。あの日のヴェインが私だと気付いていたって知ったときは本当に驚いて。同時にちょっぴり嬉しかった。
それから何度も顔を合わせた。
いつもジェットを見守って。ライナスではククルたちを大事そうに見つめて。我なんて少しも出さずにずっと周りの人たちに気を配って。
あなた自身はどこにいるのって聞きたくなるくらい、人のことばっかりのダン。
私がダンと手合わせをしたい理由はね。
戦ってるときだけは、あなたは自分を出すでしょう?
戦ってるときだけは、あなたは私を見てくれるでしょう?
最初は確かに最強の男への興味だったけど。
今は少し、違うかしらね。
まっすぐ進んで、ダンの前で立ち止まる。
「約束、守ってくれて嬉しいわ」
「当たり前だろう」
短く返される、ダンらしい言葉。
「今日はよろしくね」
「こちらこそよろしく頼むが、その前に」
じっと私を見据えてから、ダンが頭を下げた。
「ありがとう、アリー。あの日、ククルとレムが助かったのはアリーのおかげだ」
あまりに突然で、私は言葉を返せなかった。
「その後の協力にも感謝する」
頭を上げたダンがすっと手を伸ばして、指で私の髪を梳いていく。
「伸びてきていたところなのに。切らせてしまってすまなかった」
動けない私の髪は、短すぎてあっという間にその指をすり抜けてしまった。
「長い髪も似合うだろうに」
ククルやレムを見るような穏やかな眼差しを向けたまま、優しく髪に触れてくるダン。
待って。人の気も知らないで、突然さらっとそんなこと言わないで。
ダンはククルやレムと同じようにしてるだけってわかってるけれど。
私はあなたの妹じゃないのよ?
改めて距離を取り向かい合う。
「じゃあ、楽しませてね、ダン」
ダンは返事をしてくれなかったけど、まっすぐ私を見たままだった。
開始の合図で突っ込んだ私に、ダンは一歩踏み込んで打ち込んできた。敢えて受けたら、腕で防いでも吹っ飛ばされる。
遠慮なんて欠片もない。思わず笑みが浮かぶ。
そうでなくちゃ。
体勢を立て直してもう一度。力の差はいうまでもない。まともに受ければ数発で動けなくなる。
身体の大きさの割に早いダンの攻撃を何とかいなしながら、掴もうとするけどさせてもらえない。
前に戦ったときも触らせてもらえなかったから。きっとロイから聞いてるのね。
捕まえたとしても、警戒されてる上にこれだけの体格差と力の差があれば、力ずくで押し切られる可能性はあるけど。
かろうじて服を掴んでもすぐ振り切られる。手を上げられただけで届かなくなるのが悔しい。
埒が明かないから一旦距離を取る。
ダンより小さな私だから。潜り込んだほうがいいのはわかってるんだけど。
低めの体勢で向かうけど、肩を掴んで体重をかけられ潰される。膝と手がついたついでに足首を取りに行くけど逃げられて、その間に私も跳ね起きた。
楽しい。
口角が上がるのを止められない。
またしばらく打ち合いが続いてたけど、じわじわ壁際に下がってきた。傍から見ると私が追い詰められたように見えてるだろうけど。
一瞬ダンに背を向けて、壁を足場に飛び上がる。さっきからずっと潜り込もうとしてた分、上のほうが警戒が緩い。
少し重心を落としてたダンの上を越えながら、肩に手を置いて身体をひねる。振り返ろうとしたダンの肩をその方向に押し切って軸をブレさせ、足を払う。
初めて体勢を崩したダン。このまま背中から、と思ったのに。
ダンが足を引いてうしろに向けて床を蹴る。倒れる勢いも増すけれど、ダンの背後にはさっき足場にした壁がある。
引かないと。
悟った瞬間、もう腕を掴まれてた。
壁に当たることで倒れることを回避したダンは、跳ね返るように私を押し返して。
これだけの体格差。体重を乗せられたらひとたまりもない。
あっという間に床に押し倒されて、勝負がついた。
周りに起きるどよめきの中。
銀灰の瞳が私を見てる。
楽しかった。
ダンもそう思ってくれてたら嬉しいけど。聞いても答えてくれないわよね。
ほんの短い戦いの中。私の姿は少しでも、あなたとしてのその瞳に映っていたのかしら。
ふっと表情を緩めたダンが私の上から降りて、手を差し出した。
「…怪我はないか?」
「ええ」
その手を借りて立ち上がると、わっと歓声が上がった。
「私の負けね」
見上げてそう言うと、少しだけ笑みが見えた。
「いい勝負だった」
放そうとするダンの手をぎゅっと握り込んで引っ張って。
少し屈んだダンの唇に自分のそれを合わせると、周りの歓声が悲鳴みたいに大きくなった。
すぐに離れて。すっかり笑みが引っ込んだダンに、私はいつものように笑う。
「ありがと」
ダンは何も言わなかった。
周りを見回して。案内役の彼を見つける。
「まだ時間はあるのかしら?」
真っ赤になって私を見てた彼は、その声にはっと我に返ってこくこく頷く。
「それじゃせっかくだし。負けた私でもよければ、手合わせしたい人はいる?」
そう聞くと、一瞬静まり返ってから。
ギルド側からすごい勢いで手が挙がった。
「あれから鍛錬したんで見てください!」
「手合わせしてみたかったんです!!」
見覚えある顔からも、ない顔からも。そんな声が上がって。
…って。ユーグ。何しれっと手を挙げてるのよ。あんたとは疲れるからやらないわよ。
さすがに警邏隊側は…と思ったけど。視線を向けるといくつも手が挙がって。
「勝ったら俺にもキスしてくれる?」
なんて馬鹿なこと言うバカがいるから。
「もちろん。勝てるものならね」
鼻で笑ってあおってやった。
私が負けたらダンまで軽く見られるもの。絶対に負けられないし、負けるつもりもない。
それにしてもこの人数。時間内に捌ききれるかしら。
そう思って案内役の彼を見ると。
「時間延長の許可を取ってくるので、俺とも手合わせしてくださいっ!」
赤い顔のまま意気込んで言われたから。いつもの笑みでよろしくねって言うと、面白いくらい真っ赤になって走っていっちゃった。
からかいすぎたかしら。
とりあえずは見せしめにと思ってあのバカを瞬殺したら、そこそこ上の奴だったらしくて。警邏隊も一気におとなしくなった。
宣言通り許可を取ってきてくれた彼とは、もうちょっと優しく手合わせしてあげたけど。ここの中では一番だったみたいでそれなりに楽しめた。
さすがにギルド員はダンの強さを知ってるから、勝ったら、なんて馬鹿なことは言ってこなかった。もちろんちゃんと指導してあげた。
お手本に来てたあの六人もいたし、訓練生たちはロイのことを慕ってくれてるから。そのうち空いてる場所にロイも引っ張っていかれてた。
渋々、って顔してるけど。ホントは嬉しいのバレてるわよ?
私がそんなことをしてる間も、ダンはジェットの隣に座って。加わるでもなく、帰るでもなく、いつもよりは少し穏やかな眼差しで見てるだけだった。
帰り際。お疲れ様って労ってくれるジェットたち。
私の前に立つダンを見上げる。
「楽しかったわ! また手合わせしてくれる?」
そう言ってみるけど。
「機会があればな」
ダンらしい、つれない返事。
わかってたけどね。
家に帰って、部屋に入ろうとしたらロイがついてきて。
後ろ手に扉を閉めて、じっと私を見据える。
何を言われるのかはわかってたけど、気付いてないフリをした。
「なぁに?」
「…ダンのこと。本気だったの?」
…ホント、よく見てるわよね。
「何のこと?」
「とぼけないで。俺じゃあるまいし、アリーが好きでもない奴にキスするわけないだろ」
私のことをよぉくわかってくれてる双子の弟。
こんなときくらい、鈍くていいのにね。
心配そうに、本当に真剣にロイは私を見てるから。ごまかすことはできなかった。
「…そうね。多分、好きだったわ」
その瞳に自分が映ればいいと願うくらいには、きっと。
「でも。脈はないもの。諦めるわ」
キスしても、赤くなるどころか戸惑ってもくれなかった。
そんな相手に一体何を望めというの?
ロイだってそれはわかってるから。私のことなのに、自分のほうが辛そうな顔してる。
「……アリーがそんなにすぐに諦められるなんて思わない」
ホントに。そんなとこばっかり鋭くなくていいのに。
「言わないでね。ライナスでぎくしゃくするのだけは絶対に嫌なの」
まだこの先も関わりがあるから。
ククルたちの前でぎこちなくなりたくないから。
私は自分の恋心よりあの場所のほうが大切なの。
ロイならわかってくれるわよね?
多分ロイも今は同じ気持ちのはずだから。
私の気持ちが、よくわかるから。
だから、自分のときより落ち込んだ顔で私のことを見るのよね。
「ごめんね。ロイには色々偉そうに言ったのにね」
絶対に無理だって、ロイにもわかってるから。だから、諦めるなって言わないのよね。
ごめんね、ロイ。
ホントはロイにも隠し通すつもりだったんだけど。
最後に少しだけ、賭けてみたかったの。
最後に少しだけ、思い出がほしかったの。
…大丈夫。
ロイの言うようにすぐには無理だけど、いつかは『あの人』のように忘れることができるから。
だから今はそっと蓋をするだけだけど。
見なかったことにしてね。
昔のことも私のこともよくわかってるロイは、じっと私を見つめてから溜息をついた。
「…アリーのことを好きな奴なんていくらでもいるのに。何でアリーはそうじゃない奴ばっかり好きになるんだよ…」
そう言われて思わず笑う。
確かにそうよね。でも、理由はわかってる。
「仕方ないじゃない」
見た目と性格に差があるから。見た目で好きになられると、どうしても自分を出せずに疲れてしまう。
私は私でいられる人がいいの。
甘えたい私を受け止めてくれる人がいいの。
だから。私に興味がない人に惹かれるのかしらね。
「姉弟揃って振られたわね」
「笑いごとじゃないよ…」
だって。笑うしかないじゃない。
私もロイと同じ。好きになったことを後悔したくないもの。
だから大丈夫。十分思い出ももらったから。私は私を立て直せる。
「ありがと、ロイ。今度お買い物付き合ってね」
「ケーキくらい奢ってよね」
「任せといて!」
ありがとう、ロイ。
ひとりじゃなくて、本当によかった。
きっとダンは、私がキスしたことなんて気にもしてないだろうから。
次に顔を合わせるときには、いつもの私でいられるように。
私の大好きなあの場所で、いつも通りにいられるように。
大丈夫。
これからも、私は私を演じていくだけなんだから―――。
書きたかったアリーとダンの手合わせ回。
少し歯切れの悪い終わり方ですみません。責任は短編で取りますので…。
アリーはレムとの絡みが多いので、『ライナス』側では色々と裏話も出ています。




