ジェット・エルフィン/ありがとう
「だからまともに聞くなと言ったのに」
警邏隊本部から戻り、ギャレットさんに報告をする。ダンがベレストの首を絞めたと話すと笑いながらそう言われた。
「すみません」
「私からも謝罪を入れてはおくが、まぁ大事にはならないだろうし。気にしなくていい」
俺の為に怒ってくれたダンが罪に問われなくてよかったけど。
いいのか、それで?
そう思いながらギャレットさんを見るけど、いつも通りの笑みのままだ。
向こうの副隊長とつながってたこともあるし、多分俺たちが知らないやりとりがあるんだろうけど。
俺は呑気な実動員だからな。気にしないでおくことにする。
三日程の待機のあとは、近場の見回りに行くよう言われた。北西の調査の続きは次の訓練後でいいらしい。
実の三十六日にかからないように、だろうな。
今日はこれで上がっていいと言われ、事務長室を出かけてから。
ふと、ベレストに話したことを思い出す。
俺を支えてくれたたくさんの人。
関わり方に優劣はない。だけど、ダンと一緒に最初からずっと支え守ってくれたギャレットさん。
どんなに感謝したってしきれない。
「…ギャレットさん」
足を止めて振り返った俺に、ずっと変わらない優しい眼差しを向けてくれる。
「本当に、ありがとうございました」
英雄であることを受け入れた俺に、誠実に生きろと言ったギャレットさん。
英雄で在る為にどうあればいいのか。明確な指針があったからこそ、俺は迷わず旅を続けることができたのだ。
「…ギャレットさんは俺にとっての回帰の星ですね」
動くことのない、目印の星。
俺にとってのギャレットさんそのものだ。
唐突な俺の言葉にギャレットさんは驚いた顔をしてたけど。
そのうちふっと表情を緩めた。
「嬉しいことを言ってくれるね」
久し振りに見る、本当に和らいだその顔に。
喜んでくれているんだと、嬉しくなった。
来たついでにウィルの執務室にも寄っていくことにする。
「何か?」
忙しいんだと言いたげなその顔。
不在の間にあれだけ色々あれば、そりゃあ忙しくもなるか。
「礼を言おうと思って」
「必要ないです」
容赦ない対応に、居合わせたオルセンがうろたえてる。
「オルセンが困ってるだろ」
「オルセンを理由にしないでください」
「事実だろ」
「やめておけ。本当に困ってる」
ダンの声にふたりでオルセンを見ると、見るからにしょんぼりした様子で。
「…仲良くしてください……」
泣きそうな声でぽつりと呟かれ、一気に罪悪感が膨れ上がった。
「ごめん、オルセン。悪かったって」
「すみません。喧嘩をしているわけではないですから」
ウィルもオルセンには弱いというか甘いというか。いつも通りだよな。
クゥがテオとくっついたって知ってから少しウィルのことも見てたけど、そんなに落ち込んだ様子でもなくて。
見せてないだけかもしれないけど。ウィルなりに割り切ったんだろうな。
って、そうじゃなくて。
「ホント、礼を言いに来ただけなんだ。ありがとな、ウィル、オルセン。残ってた心配もなくなったけど、これからも変わらず俺を支えてもらえたら嬉しい」
「仕事ですから」
素っ気ないウィル。
それに比べてオルセンは。
「ぼ、僕にまでそんなことを言っていただけるんですか…」
何かうるうるしながら俺を見てる。
ホント和むよな。
「当たり前だろ。これからもウィルを頼むな」
「はいっ!」
「勝手に人のことまで頼まないでください」
呆れたウィルの声がしたけど無視をして。
今度オルセンに何か甘い物でも差し入れてやろうと思いながら部屋を出ようとしたとき。
「ジェット。ダン」
うしろから、ウィルの声。
「お疲れ様」
振り返るなり、そう言われた。
…ホント。素直じゃないよな。
「ありがとう」
そう返すけど、もう顔も見ずに行けとばかりに手を上げられる。
でも、仕方ないから。ちゃんとウィルの分も差し入れてやることにした。
下まで降りると、ナリスとリックが待ってくれていた。
今日ベレストと会うことは話してあったから。心配してくれてたんだろうな。
「ジェット! ダン! お疲れ!」
「お疲れ様」
駆け寄ってくるリック。
「リックも報告し終えたのか?」
「すぐ終わったよ。ふたりとも、時間あるなら食堂行こう」
今後の話もあるし、ちょうどいい。
四人で食堂に行って。まだメシには早いからお茶だけ頼んで。
ナリスが取りに行ってくれたけど、お茶だけじゃなくてお菓子が載ってる。
「お疲れ様、だって」
厨房を振り返ると、ちょうど目が合った料理人が笑って手を上げてくれた。
食堂も諜報寄りだから、何があったか知ってるんだな。
四人でお茶を飲みながら今後の予定を話して。
改めて、ふたりを見る。
「…ありがとな」
ふたりにそう告げてから。
「ナリス」
ひとりずつ、向き合う。
「十年以上一緒にいてくれてるのに。本当のことを話すのが遅くなってすまなかった」
去年すべてを話してからは、何も隠さず話してきた。
付き合いの長さか、俺の要領を得ない話もダンの要点しかない話も、ナリスにかかるときちんと筋道立てた話になって。自分で話しておきながら、そういうことだったんだと納得することもしばしばあった。
もっと早く力を借りればよかったと、今は本当に後悔してる。
「話せなかったのは俺に勇気がなかったからだ。本当に、すまなかった」
驚いて俺を見ていたナリスがふっと息をついた。
「謝らないで。そのことはもうちゃんと納得してるし、それがあったからこそ今の俺は幸せなんだ」
そう返してくれるナリスは、本当に穏やかな顔をしていて。
この一年ちょっとで変わったのは、ナリスもなのかもしれないな。
顔を見合わせ、お互い少し笑って。
「ありがとう。これからもよろしくな」
「俺のほうこそ。この先色々考えないといけないから、相談に乗ってほしい」
ナリスの相談ってのは、多分そういう話なんだと思うけど。
「わかった。俺でよければ」
今は聞かずに、ただ頷いた。
「リック」
それから、ちょっと緊張した様子で待っててくれたリックへと向く。
「新人なのに、北の調査に俺の騒動に、本当に大変だったと思う」
リックは首を振るけど、入ってすぐに北の調査はかなりキツかったはずだ。
それでも泣き言ひとつ言わずについてきてくれた。
「リックは本当に真面目で我慢強いから、辛くても言えずにいたこともあったと思う。でもその分、今のリックの実力は本当に胸を張れるものだから」
俺たちでも打ちのめされるような状況。体力的にも精神的にも、一年目のリックには酷なことがたくさんあっただろう。
それでもいつも元気で一生懸命なリックに、俺もたくさん励まされてきたんだ。
「ありがとう、リック。自信を持って、これからも俺たちの力になってほしい」
言い切ると、見返すリックが一度照れたように笑ってから、また真剣な目で俺を見た。
「俺はジェットに憧れてギルドに入ったんだから、ジェットの大事なときに少しでも役に立てたなら、ほんとに嬉しい」
くすぐったいぐらいの真摯な眼差しを向けられて、俺のほうが照れくさくなる。
「俺のほうこそありがとう、ジェット、ダン。これからもよろしくお願いします!」
座ったまま、テーブルに額を打ちそうな勢いで頭を下げるリック。
ダン、それからナリスと顔を見合わせ、顔を上げたリックと四人、笑い合った。
食堂を出てリックと別れ、ギルドを出てナリスと別れ。
ダンとふたり、帰る途中。
「…終わったな」
呟くと、そうだな、と返ってくる。
そのまましばらく歩いてから。
「…俺の為に怒ってくれてありがとな」
らしくない程怒ったダン。
自分の為にこんなに怒ってくれる人がいることが嬉しくなって、ベレストに腹を立てるヒマもなかった。
「当然だ」
いつも通りの短い返事。
「…ダン、怒ると結構喋るのな」
「自覚はない」
そんな他愛もないことを話しながら。そんな話ができることを嬉しく感じながら。
「ダン」
「何だ?」
「今までありがとう。これからもよろしくな」
今日は皆に礼を言うことができた。
だから。今日の最後に。
ずっと俺の隣で一緒に旅を続けてくれたダンに。
ありがとうと、よろしくを―――。
ダンは俺のほうを見ずに、ただ隣を歩きながら。
「ああ。こちらこそよろしく」
さも当然と、返してくれた。




