三八二年 雨の十五日
―――年が《明》け
芽吹きを《祝》う
《雨》が穢れを流し
生き物が《動》き出す
《実》りを得
一年の感謝と共に平穏を《祈》る―――
暦の詩は一年の月を表す。
五十日から成る各月、今は雨の月だ。その名が表す通り雨の多い月である。
しかしもちろん、雲が晴れぬ日がないというわけでもなく。
雨の十五日。久し振りに快晴だった。
客の捌けた夜、星に誘われククルとクライヴは外に出る。
続く町の明かり。振り返ると丘の上食堂とライナスの宿。
大好きな光景だ。
見上げる星空には一際輝く回帰の星。
動かないこの星を目印にするのだと、旅歩く叔父が教えてくれた。
「…エト兄さん、元気かしら。」
ククルの叔父ジェット。幼い頃舌足らずに呼んだ『エト』のまま、十五歳程しか違わないこともあり、ククルは『エト兄さん』と呼んでいる。
ジェットはククルのことを『クゥ』と呼び、ふたりの間だけの特別な愛称となっていた。もちろん何度か『ジェット兄さん』に直そうかと提案してはみたのだが、今のところ全力で却下されている。
「北の調査は長くなりそうだと言っていたからね」
クライヴの言葉に、最後に会ったのは年が明ける前だったと思い出す。
ジェットはギルド員―――魔物のいる未開地の調査や討伐を請負う『ギルド』に所属している。本部がある中央アルスレイムに住んでいる上に、基本は旅生活をしている為、滅多に会えない。
そして、それに加え。
「英雄は大変ね」
ジェットは十四歳の始まりの日―――明の一日に英雄の称号を得ていた。北の地イルヴィナでの出来事、『イルヴィナの奇跡』での功績だそうだが、生まれる前のことなのでククルはそのときのことを詳しく知らない。しかし、優しくて強いジェットに相応しい称号だと思っている。
父のジェットと同じ紫の瞳に影が差したことに、隣のククルは気付かなかった。
「…そうだな。おかげで店の名には苦労したよ」
店名は所有者を表す為に、個人名か家名がつけられていることが多い。クライヴも当初家名をつけようと考えていたが、あまりに広まった弟の名に断念したらしい。
うしろを振り返り、ククルはくすりと笑う。
「それで、『ライナスの』『丘の上』なのね」
「ああ。アレックには悪いことをしたな」
所有者ではなく所在を示した二軒の名。
しかしそれこそが互いに寄り添うようなこの二軒に相応しいと、ククルは思っていた。
クライヴと笑い合っていると、うしろでカランとドアベルが鳴る。
「母さん、お疲れ様」
楽しそうねと笑うシリルに、ククルは満面の笑みを浮かべた。