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三八三年 実の十二日 ③

 訓練生たちを見送ったククルの背を、テオがぽんと叩く。

「じゃあククルは明日の昼まで『お客様』してて」

「テオ?」

 誕生日のこどもを客としてもてなす『お客様』だが、いつもは夕食のときのみだ。

 ククルの疑問の声に、だって、とテオは笑う。

「どうせ今回休むのはククルだし。せっかくなんだからジェットたちとゆっくりしてて」

「でも…」

 今回はジェットたちが残るからこそ、いつも通りの食堂の仕事がある。自分が休めば負担はすべてテオへといくのだ。

「片付ける部屋も少ないし。皆交代で手伝ってくれるって言ってるから」

 引く気のないテオ。おそらく事前にジェットたちとも相談していたのだろう。

「…わかったわ。でも、手が足りなければ手伝わせてね」

「了解」

「店にいていい?」

「当たり前だろ」

 そんな会話をしながら、ふたりで食堂に戻る。

 すぐに店に来たロイヴェインと話していると、プレゼントを手にジェットたちがやってきた。

「クゥ! 誕生日おめでとう!」

 ぎゅむっとククルを抱きしめて、ジェットが嬉しそうに祝いの言葉を口にする。

「当日に祝えるのは初めてだな」

「ありがとう、エト兄さん」

 素直にその抱擁を受け止めるククル。

 嬉しいのは自分だって同じなのだ。

「おめでとう」

「誕生日おめでとう」

「おめでとうククル!」

「皆ありがとう」

 ダリューンたちにも次々と言われ、あたふたと礼を返す。

 時間はあるのだからお茶を飲みながらにすればとテオに言われ、ククルはジェットたちと共にテーブル席についた。



 じゃあ俺から、と、通路を挟んで隣に座るリックが細長い包みを差し出した。

 中からは木べらが二本。普通のものより混ぜる部分がかなり薄い。

「生地を集める用なんだって」

 横から覗き込みながら、リックが説明する。

「柔らかいから練るのには向かないけど、しなるから集めるのにいいって言ってた」

 一本を手に取ってまじまじと眺める。

 確かに押すと少ししなり、手に当ててみても当たりが柔らかい。あまり力を入れると割れてしまいそうなので、リックの言うように粘度のあるものを練るには向かないだろうが最後に軽く混ぜる分には―――。

「ククル?」

 隣からの怪訝そうな声に、ククルははっと我に返る。

「えっと、じゃあメレンゲを混ぜてから型に移すまでってことね」

「それは俺にはわからないけど…」

 首を傾げるリック。

「こないだ一緒に料理して楽しかったから、また一緒に使えそうなものをって思ったんだけど、何がいいかわからなくって」

 楽しいと思ってくれたのだという、その言葉だけで十分嬉しい。

 既に満面の笑みのククルに、どこか恥ずかしそうにリックが続ける。

「ナリスと道具屋に行って相談したら、基本的なものは持ってるだろうからって、それを薦めてくれたんだ」

「わざわざ聞きに行ってくれたのね」

 自分の為にとしてくれた、そのことがただ嬉しい。

「ありがとう、リック。今度一緒にお菓子も作ろうね」

「うん! 楽しみにしてる!」

 次の約束をしたところで、次は俺かな、とリックの向かいのナリス。

 持ってこれてよかったと渡されたプレゼントは、薄い銀色のトレイだった。

 いつも使っている木製のトレイの倍の大きさだが、薄くて軽い。

 ただ、目の前のトレイは十一枚重ねられていた。

「どうして十一枚も…」

「訓練最後のお茶のとき、お菓子を並べるのにいいかなって思って」

 リックと行った道具屋で見つけたという。各テーブルとカウンターに二枚ずつ、あとは宿に一枚ということらしい。

「軽いからこの大きさでもお菓子を載せて持てるだろうし」

 確かに一枚一枚はとても軽い。

 それに、同じ茶系の木のトレイよりも焼き菓子の見栄えがよくなりそうだ。

「ありがとうナリス。使わせてもらうわ」

「ククルならほかにも使えるだろうし。足りなかったら言って」

 礼を言うと、笑ってそう返された。



 俺はいつもの、と言いながら、ダリューンがお茶の缶を並べていく。

「久し振りにシューゼ地区に行ったから」

 飾り缶や珍しい茶葉など、ククルの前に大小十二個の缶が並べられた。

「ダン、珍しく荷物多いと思ったら…」

「そんなに入ってたの?」

 リックとナリスが呆れたように呟く。

 こうしていつも旅先で自分のことを思い出してくれていることが、何より嬉しい。

「ありがとう、ダン。あとで淹れるわね」

「ああ」

「じゃあよかったらこれも使ってくれ」

 そう言いながら、ジェットが大きめの箱を渡した。

 中には揃いのポットと二客のカップ。食堂にある普段遣いのものより華奢な造りと繊細な模様は、どこか特別感がある。

「レムとお茶するときにでもって思ってたんだけど。まぁいい機会だったかな」

「エト兄さん…」

 ジェットの視線がククルからテオへと向けられたことで、ふたりで使えと言われているのだと理解した。

「…ありがとう。大事にする」

「使えよ?」

「わかってるわ」

 皆を見回し、ククルはもう一度ありがとうと礼を述べた。



 昼過ぎにふたつの荷物が届いた。

 ひとつはレザン村から。

 皆から一言ずつの祝いの言葉と、寒くなってから使えるようにと毛織の上掛けを贈られた。普段しない者も含め全員で織ったので、所々不出来なところもあるけれどと謝られたが、全員で自分の為に作ってくれたのだ。これ以上のものはない。

 もうひとつはウィルバートとフェイトから。

 新作だというジャム、桃と赤白のぶどうの三種類の大瓶と、ジャム屋の店主が書いたというレシピが入っていた。祝いの言葉に加え、梨のジャムは見かけたら送るから、と一言添えてあるところがウィルバートらしい。

 彼の想いを受け取れなかった自分へも、未だ変わらず気を配ってくれる。そのことが申し訳ない反面、疎遠にされなかったことを嬉しく思った。



 夕方からは座ってるだけなの、と笑うククル。

 次々と住人たちが祝いに来る様子を、ロイヴェインは穏やかに眺めていた。

 カウンター内にはテオとアレック。そしてそのうしろ、壁面の棚に飾られた『丘の上食堂』の看板。

 入口から入って見えるようにと、ククルがそこに飾ってくれた。

 自分が贈ったものを喜んでもらえ、飾ってもらえることが嬉しかった。

 ククルも休みだという今日一日。ずっとではないにしろ、たくさん話して。疲れてないか、休めているかと何度も聞かれては大丈夫だと笑い返した。

 今になっての穏やかな、そして間違いなく幸せな時間。自分が振られたからこそのこの落ち着いた距離感が、寂しくも心地いい。

 結局自分は、彼女が笑っていてさえくれれば幸せなのだ。

「ククル」

 住人が途切れた合間に声をかけると、何、と柔らかな応えが返ってくる。

「幸せ?」

 短い質問に、しばらく不思議そうに見返してから。

「そうね。幸せだわ」

 ふっと花が綻ぶように笑う。

「こんなにたくさんの人からお祝いされて」

 その場に集う人々を見回してから、自分に向けられる紫の瞳。

「ありがとうロイ。今日程幸せな誕生日は初めてよ」

 テオとのことを聞いたつもりの問いに、まさか自分まで礼を言われるとは思わず。

 驚きがじわじわ喜びに変わる中、本当に幸せそうなククルに、それならよかった、と呟いた。



 手持ち無沙汰に眺めるククルに笑いながら閉店作業を終え、施錠を確認するからと店に残ったテオ。今日は店の自室に泊まるから大丈夫だというジェットに、毎日のことだからと言い切った。

「でも、その前にちょっとククルと話してこさせて」

 どうしてもふたりのときに渡したかったので、まだククルに誕生日プレゼントを渡せていないままなのだ。

 仕方なさそうに頷くジェットに苦笑しながら、自室にプレゼントを取りに戻り、ククルを外へと連れだす。

 実の月に入って十二日、夜風は少し涼しくなってきていた。

「皆いてくれてよかったな」

 町を見下ろすククルにそう言うと、ホントね、と返ってくる。

「こんなに賑やかな誕生日は初めてよ」

 くすぐったそうに笑ってから、ククルがテオを見た。

「ありがとう、テオ。母さんのケーキまで作ってくれてたのね」

「恒例だから。間に合ってよかったよ」

 毎年シリルが焼いてくれていた、誕生日用の小振りなりんごのケーキ。昨日店を閉めてから急いで焼いた。

 顔を見合わせて笑い合ってから。

「…改めて。誕生日おめでとう、ククル」

 急に真剣な眼差しを向け、テオが祝いの言葉を口にする。

「ありがとう」

 応えるククルに小さな包みを渡して。

「……約束として、受け取ってほしい」

 はっきりとそう告げる。

「約束?」

「見たらわかるよ」

 首を傾げながら包みを開けたククルが動きを止めた。



「…テオ、これ……」

 アクセサリー用の布張りの小さな箱を手にテオを見る。

 開けてと視線で促され、ククルは戸惑いながらもそろりと蓋を開けた。

 中には細いチェーンと銀の指輪。

 装飾のない銀の指輪の示す意味は、もちろん自分だって知っている。

 約束として。

 それはそのままこの指輪が示す意味であるのだと気付いた。

「俺は元々それくらいの気持ちだから」

 呆然と指輪を見つめるククルにテオは続ける。

「…俺もククルと一緒にあの店にいたい。この先もずっと、絶やさず明かりを灯していきたいんだ」

 ゆっくりと顔を上げると、目の前のテオが少し照れたように微笑んだ。

「俺と結婚して?」

 装飾のない銀の指輪は、その滑らかな表面から平穏と円満の象徴であり、結婚の証として渡される。

 ククルはそっと箱を閉じ、胸に抱いた。

 テオを見つめたまま微笑む瞳から、涙が零れる。

「ククルっ?」

「…どうしてそこで疑問形なの…」

「ど、どうしてって…」

 泣くククルとまさかのダメ出しに、見る間にテオがうろたえる。

 止まらぬ涙のまま、それでもくすりと笑い、ククルは右手でテオを引き寄せ抱きしめた。

「…ずっと隣にいてくれる?」

 呟くと、テオも優しく抱きしめてくる。

「いるよ。だから…」

 一旦言葉を切ってククルから離れたテオ。

 頬の涙を拭い、まっすぐ見つめる。

「結婚しよう」

「ええ」

 ククルの即答に、ようやく安堵の笑みを見せたテオ。

「ありがとう!」

 がばりと飛びつくように抱きしめられ、ふたりでふらつき互いにしがみつく。

 何とか踏み留まり、顔を見合わせ笑ってから。

 ゆっくりと、唇を重ねた。

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