三八三年 実の十二日 ①
朝、今日はテオと共にやってきたレムが、迎えたククルに抱きついた。
「お誕生日おめでとう、ククル!」
年に一度の恒例行事。おはようよりも先に祝いの言葉を口にするレム。
「大好きなククルが幸せでいられるよう祈ってるからね!」
「ありがとう、レム」
ぎゅっと抱きしめ返してククルも礼を言う。
その様子を柔和な顔で見ていたテオが、視線を合わせて微笑んだ。
「誕生日おめでとう」
「ありがとう」
はにかむふたりを嬉しそうに見つめてから、レムがもう一度ククルを抱きしめる。
「…ククルがお兄ちゃんを選んでくれてホントに嬉しい」
「レムったら」
「ほんとだもん」
えへへと笑って離れたレムは、持っていたプレゼントをククルへと差し出した。
「今年のはセレスティアで見つけたの!」
レムがセレスティアに行ったのは明の月の中頃だった。
「そんなに前から準備してくれてたの?」
毎年恒例とはいえ、旅先でまで自分のことを気にかけてくれていたのかと嬉しくなる。
「ありがとう。開けていい?」
もちろん、と頷くレムにもう一度礼を言い、包みを開ける。
中にはエプロンと、共布の髪飾りが入っていた。
「きれいな柄ね」
オレンジ色ではあるのだが、黄に近いものから次第に濃くなり、また黄まで淡くなる、それを繰り返すようにななめに染めわけられていた。
「かわいいなって思って」
「着てみていい?」
嬉しそうに頷くレムに笑いながら、ククルはまっさらなエプロンをつけた。
「これ…」
髪飾りは中心が濃く外側が薄くなるように五枚を花弁のように縫い合わせたものがふたつ束ねられていた。
「針金入れたから。ちょっと開いておくとお花っぽいよね」
器用に花弁の形を整えて、つけるね、と結んだ髪に重ねてつけてくれるレム。
「どうかしら?」
くるりと回るククルに、レムは満面の笑みで頷いた。
「うん! 似合うよ! ね、お兄ちゃん?」
「そうだな。かわいい」
ふたりを優しい眼差しで見ていたテオが、はっきりとそう言った。
赤面するククルと動きを止めるレムを見ながらテオは笑う。
去年とは違い、今年は自分の意思でかわいいと口にした。
面と向かってそう言えるようになったことが、今更だが嬉しい。
「俺からのプレゼントはまたあとで渡すから」
「え、ええ。ありがとう、テオ」
「じゃ、じゃあ私戻るね!」
何故か今年もそそくさとレムが帰ったので、ふたりは朝食の支度に取りかかる。
作業にかかったのを見計らったようにアリヴェーラが降りてきた。
「おはよう! すてきなエプロンね!」
「おはよう、アリー」
「おはよう」
挨拶を交わししばらくで、今日もロイヴェインがやってきた。
新しいエプロンのククルを凝視してから笑みを見せるその姿に、思わずわかると頷きかけたところで、にんまりと笑うアリヴェーラの視線に気付く。
「かわいいわよね」
小声でわざとらしく同意を求めてくるアリヴェーラをジト目で睨んでおいてから、そうだなと頷いた。
「ククルにも言った」
「あら。成長したのね?」
「いいだろ、別に」
「つれないんだから」
これ以上付き合う気はないと口を閉ざすと、アリヴェーラはくすりと笑ってククルを見つめた。
「…大事にしてあげて」
友を見るには慈愛に満ちた、そんな眼差しを向けて。
願いの籠るその声音にテオも笑む。
「言われなくてもそのつもり」
テオの即答に、ならいいわ、と呟いて。
アリヴェーラは満足そうに笑みを深めた。
四人で朝食を終えたところで、改まった様子でロイヴェインがククルを見る。
「ククル。誕生日おめでとう! 今年も祝えて嬉しい」
「おめでとう、ククル! 私もやっとお祝いできるわね」
アリヴェーラがぎゅっとククルを抱きしめる。
「ありがとう、ロイ、アリー」
ちょっと待っててね、とククルから離れたアリヴェーラが二階へと上がり、ふたつの包みを持って戻ってきた。
「私からはこれ」
包みのひとつはロイヴェインへと渡し、手元のひとつをククルへと渡す。
受け取り、開けていいかと問うククルに、アリヴェーラはもちろんと微笑んだ。
中には布張りの箱が入っていた。
開けると、淡い紫と透明の大小のビーズを細かく編み込んだネックレスと、揃いのイヤリングが並べられている。
宝石と見紛うほどの煌めきは、ビーズのひとつひとつが光を反射するよう削り揃えられているからだろうか。幾重にも編まれたその下で、少し大振りの雫型のビーズが一際光を孕んでいる。
「アリー…」
どれだけ手間をかけたのかと言いたげなククルに、アリヴェーラは微笑む。
「ビーズはほとんどロイが作ってくれたのよ。私は編んだだけ」
「その分こっちを手伝ってもらった」
はい、とロイヴェインがククルへと包みを手渡した。
開けてもいいかと尋ねてから包みを開く。
四隅が飾り彫りで彩られた木箱には、木枠にはめられた淡い紫のガラスの板が置かれていた。
中央に白がかった紫色で『丘の上食堂』の文字。それを飾るように濃い紫色の模様が取り巻く。その模様につながるように、木枠にも飾り彫りが施されていた。
両手程の大きさだが、紛れもなく『丘の上食堂』の看板だった。
「…ここ、店名の看板ないからさ。いいかなって思ったんだけど」
看板に見入るククルを見つめながら、ぽつりとロイヴェインが呟く。
「ただ、ガラスで作ると重いから、吊り下げるのは無理かなって。だから置けるようにって、アリーと、馴染みの細工職人に協力してもらった」
木箱の中、台座となる支え部分も入っていた。こちらにも装飾がされてある。
「どう、かな…?」
少し自信なさそうなその声に、ククルはそっと木箱をカウンターに置いた。
自分の為にと、本当に手間をかけて作ってくれたふたり。
何よりもその気持ちが嬉しくて、ククルはぎゅっと両手を握りしめる。
「アリー、ロイ。ありがとう…」
嬉しそうなその声に、ほっとロイヴェインが緊張を解いた。
「…本当に。ありがとう…」
繰り返される礼に、ふたりは顔を見合わせて。
「どういたしまして!」
「喜んでくれたならよかった」
そっくりの笑顔でそう返した。




