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三八三年 実の十一日 ④

 もうすぐ訓練生たちが来る頃。テーブルに並ぶ菓子を見て、何とか間に合ったとククルは胸を撫で下ろす。

 準備をしていなかったわけではないのだが、やはり何かと気忙しく、ギリギリまでかかってしまった。午後はずっと菓子作り以外のすべての作業を請け負ってくれたテオには感謝しかない。

 そのうちやってきた訓練生たちの嬉しそうな顔に、がんばってよかったと自然に笑みが洩れた。

「忙しかったろうに。さすがだな」

 カウンター席から振り返り、メイルがそう労ってくれる。

「皆喜んどるな」

「間に合ってよかったです」

「本当に、今回は肝を冷やしたが…」

 メイルの隣、ノーザンもいつも以上に穏やかな表情でククルを見ていた。

「儂らもククルちゃんに対する認識を変えねばならんな」

「そうだな。あの思い切りのよさはなかなかのものだな」

「ノーザンさん、ゼクスさん……」

 もう言うなとばかりに眉を下げるククルに笑いながら、それでも、とゼクスが続ける。

「ククルちゃんの動きにアリーが気付いておったからこその成功だからな。無茶はするな」

 少し厳しい眼差しからは、どれ程心配をかけたかを窺わせて。

「わかっています」

 今回のことは皆の助力があればこその成功なのだ。もちろん慢心などするわけがない。

 すぐさま返された頷きに、いらぬ心配だったかとゼクスが表情を緩めた。

「本当に、ここに来出してから色々あったな」

「そうだな」

「楽しかったな」

 三人顔を見合わせて。

「ククルちゃんにも色々と迷惑をかけたが、儂らはここに来られて本当によかったと思っとるよ」

 ククルへと眼差しを向け、優しい声でゼクスが告げる。

「ロイもアリーも、もちろん儂らも。本当にここのことが好きになった」

「そうだな、もうこちらに引っ越そうかと思うくらいにな」

「そうすれば毎日通えるんだがな」

 どこまで冗談なのか、そう笑うゼクスたちに。

「私も、皆さんにお会いできて嬉しいです」

 心からの気持ちをククルも伝える。

 ずっとジェットに力を貸し、ギルドを辞めた今となってもこれ程気にかけてくれている。

 その上ただジェットの姪だというだけの自分にも心を配り、まるで祖父のように見守ってくれているのだ。

 自分からしても、既に単なる客でもジェットの師でも祖父の仕事仲間でもなく。三人それぞれが個人として大切な存在だと思える。

「これからもずっと。よろしくお願いしますね」

 尽きぬ感謝を込めてそう頭を下げると、三人共本当に嬉しそうな顔で頷いてくれた。

 顔を見合わせて微笑み合っていると、うしろから近付いたロイヴェインがゼクスの横に立つ。

「…ホントに。デレデレしすぎだよ……」

 その顔を覗き込んで呆れたように呟いた直後、表情を変えぬままのゼクスからいい音ではたかれていた。



 お茶のあとの訓練では、いつもと同様各自の身体能力を改めて測り、この先の課題を各自と話した。

 最後の追加訓練くらい自分が見ると言ったのだが、結局はアリヴェーラとふたりで見ることとなり。

 そうしてろくに参加はできなかったものの無事に訓練を終えて部屋に戻ろうとしたロイヴェインを、ジェットとダリューンが話があると部屋に引きずり込んだ。

 まぁ座れ、と椅子を勧められ。座るなりふたりに深々と頭を下げられた。

「ジェット? ダン?」

「ありがとう、ロイ」

 驚くロイヴェインに、そのままの姿勢でジェットが続ける。

「まさかベレストのことまで終わらせて来てくれるとは思ってなかった。本来ロイは関係ないことなのに、ここまで関わらせて本当にすまない。…でも、おかげで今度こそ、終わることができるかもしれない」

「ちょっ、ジェット、ダン、やめてってば」

 慌てて立ち上がり、本気でやめろと訴える。

「俺はふたりの為にしたつもりないし。警邏隊本部でもたいしたことしてないから」

「それでも言わせてほしい。本当に…本当に感謝してるんだ」

「やめてって……」

 呆れたように嘆息するロイヴェインだが、眼差しは優しく。

 祖父たちと共にずっと悪夢の中にいたふたり。これで夢から解放されればいいと、自分だって思っているのだ。

 もちろん口には出さないが。

「まだホントにこれで終わりかはわかんないんだから。しっかりしてよね?」

 強い口調も照れ隠しであることは気付かれているようで。頭を上げたふたりが相好を崩す。

「わかってるって」

「ああ」

 嬉しそうなその様子に自らも辞色を和らげ、ロイヴェインはよかったねと小さく呟いた。

 聞こえてはいたのだろうが、ふたりは何も言わずに笑うだけで。

 いつも以上に生温い様子に少々居心地の悪さを感じながら、そういえば、とダリューンを見る。

「そういやダン、アリーと手合わせ、ホントに受けてくれるんだ?」

「もちろんだ。約束は守る」

 迷いなく頷くダリューンに、ロイヴェインの笑みに愉悦が混ざる。

「ありがとねって言っとくけど。勝っても負けても絶対また次もって言われるよ?」

「それは断る」

「俺に言わないでよ」

 黙り込んだダリューンに笑うジェット。その笑みが人の悪いそれになる。

「ロイこそ。イーレイさんと一緒だったんだろ? 諜報部に入れとか言われたんじゃないのか?」

 すっと目を逸らすロイヴェイン。

 帰路、アルスレイムからずっとついてきていることは気付いていたが、知らない振りをしていた。

 ミルドレッドのギルドでのミランとの面会時、当たり前のように部屋にいても見ないようにした。

 部屋を出る際、するりと首に手をかけられて。本部で待ってると言われたことはもう忘れたい。

「……あの人、ホントにどうにかしてくんない?」

 心から訴えるが、あっさり無理だと笑われる。

「ロイは気に入られてるからなー」

「本気で迷惑なんだけど??」

「そう言うなって。学べることは多いはずだぞ?」

「俺は諜報員になりたいわけじゃない!!」

 全く、と肩を落として。

「話それだけなんだったらもう行くからね?」

 ぶっきらぼうに言い放ち、扉を出るそのときに。

「ありがとな」

「ありがとう」

 背に向けてのふたり同時の謝辞に、一瞬足を止め。

 振り返らずに片手を上げて応え、部屋を出た。



 ロイヴェインを見送り、部屋にふたり。

 洩れる溜息が安堵からなのか不安からなのか、正直自分にもわからない。

「…これで終われると思うか?」

 ダリューンにそう問うと、わからないと首を振られる。

 ハントは警邏隊で拘束されているのだが、今回はギルドと警邏隊の共同戦線だった為、こちらからも尋問ができると手紙にはあった。

 かつての同期を前に。自分は何を聞くべきだろうかと考える。

「…終わるといいな」

 呟いたジェットに、ダリューンが手を伸ばし、くしゃりと頭を撫でた。

「そうだな」

 ダリューンの短い呟きにも、心からの願いが見えて。

 本当にこれで終わればいいと、今はただそれだけをジェットも願った。



 やけに慌てて帰ったテオを見送り、アリヴェーラにおやすみと告げ、自室に戻ったククル。

 訓練も無事に終わった。

 騒動から始まった今回の訓練。自分はちゃんと皆を労えただろうかと思う。

 並ぶ菓子を前に嬉しそうだった訓練生たち。ジェットたちも、ゼクスたちも、ギャレットからの手紙を見て喜んでいた。

 ひとりだけ少し落ち込む様子だったウィルバートも、最後には穏やかな表情を見せてくれた。

 疲れているだろうロイヴェインも、アリヴェーラと共に楽しそうに訓練に行っていた。

 そして。

 そっと唇に手を触れる。

 示してもらえた気持ちが嬉しかった。

 同じようなことがあれば、自分はまた行くことを選ぶかもしれないが。

 それでもテオが大事だということに変わりはないのだと。

 彼が不安にならないように。自分も示していければと、そう思った。

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