三八三年 実の十一日 ②
ククルに背中を押され、午前の訓練への参加を決めたテオ。
今回は食事時しか接点のない訓練生たちに受け入れてもらうまでには、しばらくかかるだろうと思っていたのだが。
行くなり満面の笑みで迎えてくれたリックに、準備運動がてらあれこれ実演するよう頼まれる。
「まだ俺には上手くできなくって」
先生役だというのに潔くできないと認めるリックと、それでも見下すことなく真剣に話を聞く訓練生たちの姿に、両者の間に確かに信頼関係があることを知った。
自然に上がる口角に、テオは参加できてよかったと思う。
ずっとリックの訓練に付き合ってきたロイヴェインも同じ気持ちのようで、すっかり弟子を見守る眼差しになっていた。
訓練を始める前にと、ゼクスから改めてロイヴェインとアリヴェーラ、そしてテオの紹介がされた。
「理由があったとはいえ、騙すような真似をしていてごめんなさいね」
頭を下げるアリヴェーラに訓練生たちは誰ひとりとして文句を言わず、むしろ最後まで見てくれとまで言い出す始末で。
うふっと笑って礼を言うアリヴェーラ。
苦笑しながら、そうしてあげれば、とロイヴェインが告げた。
「じゃあ今から模擬戦だよ!」
「声真似もういいから!!」
「あらそう?」
ロイヴェインに即座に怒鳴られても動じる様子のないアリヴェーラがジェットを見やる。
「とは言っても。私たちが加わったところであまり面白い手合わせにはならないでしょうから。どうする?」
「俺に振るなよ…」
いつも以上にやりにくそうにジェットがぼやいた。
「だって。やるからにはやっぱりジェットとやりたいわよね?」
アリヴェーラにそう聞かれた訓練生たちが、少し遠慮がちに頷く。
「私はダンとやりたいんだけどね」
真正面から視線を合わせて告げたアリヴェーラに、ダリューンが息をついた。
「わかった。手合わせを受ける」
「…え?」
さらりと言われ、珍しくアリヴェーラが疑問の声を洩らす。
どこかきょとんと―――年相応の表情で見返すアリヴェーラ。その視線をまっすぐ受け止め、ダリューンは頷く。
「今は無理だが。ギルドが落ち着いたら受けると約束する」
向けられた銀灰の瞳をしばらくただ見返してから、アリヴェーラがためらいがちな声で呟いた。
「…どうして急に?」
「ククルが助かったのはアリヴェーラのおかげだろう。…こんなことで礼になるかはわからないが」
ククルやレムを見守るように、アリヴェーラを見るダリューンの表情が少し和らぐ。
「どうだ?」
尋ねられ、ようやく呑み込むことができたのだろう。嬉しそうに瞳を輝かせ、アリヴェーラがダリューンに駆け寄り抱きついた。
「もちろん! 約束よ!!」
少し仕方なさそうな顔になりながらも、ああ、と頷くダリューンに。
しがみついたまま、ひょこりとアリヴェーラが見上げる。
「あと、ひとつお願いがあるの」
じっとアリヴェーラを見てから、ダリューンはもう一度息をついた。
「…何だ」
「アリーって呼んでね」
ふふっと笑って。
アリヴェーラはダリューンを解放した。
結局ジェットと訓練生の一対八、加えてジェットは片手のみということで落ち着き、リックはうしろから指示を出すことになった。
結局は人数差も片手という不利もねじ伏せたジェットの圧勝に終わったが、これでは指導にならないとゼクスからの物言いが入り、結局一対一での指導戦になった。
せっかく参加したのだからやってみるかと尋ねられたテオは、一度リックと顔を合わせてから首を振る。
「できたらリックとふたりで、指導じゃなくて手合わせで」
勝てないことはわかっている。
しかしそれでも挑みたかった。
「少しは強くなったって。認めてもらいたいから」
真剣な眼差しのテオとリックに、ジェットは浮かんだ笑みをすぐに消して頷いた。
「わかった。かかってこい」
リックとふたり、頷き合って。改めて向かい合う。
以前より大きく感じるのは、自分との力量の差がわかるようになったからだろうか。
落ち着く為に息を吐き、ジェットを見据えて走り出す。
同時に動いたリックと両側から殴りかかるが、掌で受け止められて掴まれる。握り込まれた拳をリックと立ち位置を交代することで振り切り、そのまま背後に回ろうとするが、振り戻したジェットの腕で背を打たれてふっ飛ばされた。
素早く体勢を立て直したが、その間にまた正面を向かれ。どうにか背後をと考える間にあっさり距離を詰められた。
うしろに飛びずさった身体を追いかけるように、ひたりと喉に手が添えられる。
一瞬息が詰まり、次の瞬間背中から地面に叩きつけられ、直後隣にリックがうつ伏せに倒された。
それきり静寂が訪れる。
寝転んだままのテオは、木々の隙間の空を見上げて嘆息する。
圧巻だった。手も足も出ない。
「…せめて悔しがりたいんだけどさ……」
うつ伏せのままのリックが、溜息混じりに呟くのを聞きながら。
見上げる視界に映りこんだジェットに、ただ笑みを向けた。
「手加減しないほうがいいだろうと思って」
そう笑いながらジェットがふたりに手を伸ばす。
その手を借りて起き上がり、テオはありがとうと返した。
「そのほうが嬉しい。…全然敵わなかったけど」
「ホント、まだまだどころじゃないよな」
言葉の割には清々しい声音でリックも笑う。
「でも。加減しないで打てるようになった」
そんなふたりを優しい顔で見返してから、ジェットはふたりの頭を撫でる。
「強くなったな」
細められる紫の瞳も、柔らかな声も、少々強めに撫でる手も。
取り繕ってではない、本当にそう思ってくれているのだと示していて。
隣のリックと顔を見合わせ、テオはしばらく喜びに浸った。




