ギャレット・ハーバス/実の五日のライナスでの騒動を発端とする一連の案件の報告書
心地よいとは言い難い、しかしそれでも達成感を伴う疲労に、事務長室へと戻った私は嘆息する。
ようやく、としか言いようがない。
まだこちらの事後処理も残る上に、最後の詰めは警邏隊任せ。報告を聞くまでは安心はできない。
しかしそれでも、ようやく息をつくだけの余裕ができた。
これで本当に。本当に、終わらせることができればと。そう願いながら、ここ数日を振り返る。
実の五日、夜中に駆け込んできたロイから知らされたライナスでの騒動は、こちらの把握している事実と矛盾があった。
スタイン・ワーグは重要人物、もちろん身辺調査をし、近親者の動向も含め緩くではあるが監視している。
妻を亡くした彼の家族はセレスティアで染色職人をする娘がひとりと、強いていうなら元同郷の部下、といったところだろうか。
その娘が誘拐されたという報告はなかった。代わりに聞いていたのは職人仲間との旅行、それも随分突然のもの。
ロイを待たせてイーレイに確認をし、すぐに好きに動けるよう許可を出す。ついでに前々から頼まれていた人員の補充も、一時的にだがしておく。根本的な人員不足の解決にはなっていないが、イーレイ本人ができれば下につけてくれと願う人物なのだから、今は大目に見てもらうことにした。
イーレイたちが職人仲間を押さえに行っている間に、こちらはこちらで根回しする必要がある。
ギルド員の家族に危害が及んだので、その原因を突き詰める過程での参考人の拘束。理由としては少し弱いので、騒がれる前に外堀を埋めておかなければならない。
急いで書面を調えていると、おそらくイーレイが連絡したのだろう、帰宅していたはずのトネリが来て書き終えた書面を持っていった。
受取人はエイム・アルロー。警邏隊本部の現副隊長だ。
イルヴィナのことを探る私たちに近付いてきたアルロー。ハント・ベレストの信頼も篤いと聞くので、初めは偵察だと思っていた。
同じくイルヴィナ当時のことを探っていたという彼。信頼に足る人物だと確信するまでにはそれなりに調査も時間も必要だった。
面会を申し出られたのは、イルヴィナの情報元が警邏隊だとわかったあと。現在三十歳―――本当は二十八歳だというその青年は、前隊長に干された副隊長の、本人曰く『息子のようなもの』だそうだ。後々調べてはみたが、育った孤児院に入る前のことは遡りようがなく、副隊長とのつながりはもちろん彼が『兄』と呼ぶ者との関係もわからなかった。
自分もこちらのことを調べたと白状した上で、兄から受け継いだというベレストの入隊時からの膨大な情報を提示したアルローは、ベレストを捕らえることで前隊長たちの罪を暴きたいのだと告げた。
ベレストが隊の諜報員を私的に使っているという証拠を押さえることができれば、警邏隊側からも糾弾ができる。そこから何のことを調べていたのかを詳らかにし、前隊長と副隊長をどうやって、そしてどうして辞めさせたのか、と。徐々に追及していくつもりだという。
アルローには、例の職人仲間が警邏隊の諜報員のようなので、警邏隊の要請を受けてついでにこちらが尋問したと口裏を合わせてもらう。諜報員は家族ぐるみのことも多いので、もちろん一家揃ってじっくり話を聞かせてもらうつもりだが、その辺りについても許可をもらったことにした。
本来ギルド員に人を拘束する権限はない。それが許されるのは、ギルド規約に抵触する場合と、警邏隊から要請のあった場合。あくまで先に許可がいる。
あとは今回のワーグの件も軽く知らせておいたが、こちらはおそらくわかっていての放置だろう。
人のことは言えないが、あの青年もなかなかいい性格をしている。よく言えば先を見通せる、悪く言えば些事と割り切ることができる、冷静さと冷酷さを持っている。持たなければ平静を保てないのかもしれないが、もちろんそれは私が口を挟むことではなく。
すべてに片が付いたら、一度腹を割って話してみたい相手ではある。親子程年は離れているが、色々と気が合いそうだ。
夜明けと共に踏み込んだ旅行先で、ワーグの娘とその職人仲間を確保して。
その娘とロイがお互い顔だけは知っていたおかげで騒がれずに済んだとイーレイが言っていた。
案の定娘本人は旅行のつもりであったらしく。ロイから事の次第を聞いて青ざめていたらしい。
ほぼ同時刻に自宅の家族も取り押さえ、諜報部へと招かせてもらった。
こういう場合は家族だと不利だと笑うイーレイから、ロイが必死に目を逸らしているのが微笑ましい。
その頃にはアルローから合同捜査の体とする為こちらの人員も寄越すよう申し出が来ていたので、ロイにはしばらく休んだあとにまた手伝ってもらうことにした。
こちらが情報を取れると見越してのアルローの行動に、是が非でも口を割らせる必要ができ。少々手荒になってしまったようだが、まぁそれはそれとして。
聞き出した内容をアルローに伝え、今は大きく動けないので引き渡しは後に回す。
ベレストと現隊長を拘束したと報告が来たのは八日になってからだった。
その日のうちに戻ってきたイーレイが、アルローの親書と共に長々と楽しげに報告をしてくれた。その報告の三分の一を占める彼のお気に入りは、さすがに精根尽き果てたようで、明日まで休ませるという。
諜報員一家と保護していた娘を引き渡したあと、トネリとふたり、今までの分の覚書きを書面に起こす準備を進める。
アルローからの書簡には、簡単な礼と、ベレストとの面会及び尋問の許可、警邏隊としての今後の動きの概要、そして今後のさらなる協力の要請が書かれていた。
今後の話をしたいのでまた面会を願うという言葉で締められていることを、ただ嬉しく思った。
翌朝ロイの報告を受け、また聞きたいことがあるかもしれないからと、その日一日の滞在を請う。
すぐにでもライナスに戻りたいと思っていることは、不服そうな顔からも十二分に伝わっているのだが、ごねるつもりはないらしい。
ここで顔に出るところは、まだ若く素直なのだなと思う。
この数日でどれだけイーレイに毒されただろうかと心配していたのだが、まだ大丈夫なようでよかった。ゼクスさんたちを敵に回したくはない。
翌日、ウィル、ククルさん、ジェットたちとゼクスさんたち、アレックたち、そしてミラン宛の手紙をロイに託し、送り出した。
自分で頼んでおいて何だが、ロイは少々人がよすぎるのではないかと思う。
尤も、誰の影響かは考えるまでもないが。
そして。まだまだ書くべき報告書は山積みだが、それでもようやく息のつけるようになった今現在。
扉が叩かれ、お茶を手にしたトネリが入ってきた。
「少し休憩をしたらどうですか?」
置かれたカップに礼を言うと、トネリが呆れたような声で返してきた。
「トネリもだろう」
「私はイーレイと違ってちゃんと休めていますよ」
イーレイはミランとワーグに報告する為にミルドレッドへ行くという名目で、こっそりロイのあとをつけていって、いつ気付くかと楽しんでいるらしい。
趣味は悪いが仕事なので目を瞑る。気付かないほうがロイにとっては平穏だが、おそらく最後は気付かされることだろう。
全く、ロイも気に入られたものだ。
「もちろん私もウィルたちが帰るまでにはひと休みさせてもらうよ」
手紙に概要は書いたものの、どのみち直接話をする必要がある。
「気の重い報告もあるからね…」
アルローとの連携を知るのは、審理部に報告を上げた以外には、私とトネリとイーレイ、そして諜報部のみ。
トネリたちと同じ補佐という立場ではあるが、ウィルには伝えなかった。
まだ若く、顔にも態度にも出るウィル。ワーグと顔を合わせるかもしれないジェットとダンには万が一でもアルローのことを知られるわけにはいかなかった。
「ウィルもわかってくれますよ」
「だといいけどね」
表向きは素直に受け入れてくれるだろうが、おそらく少々沈むだろう。
「宥めるのはトネリに任せるよ」
「宥めなくてもいいように言葉を尽くしてください」
「私にそれができればトネリの仕事はなくなるよ?」
私を見るトネリが、ふっと力を抜いて笑う。
「構いませんよ」
口調はそのままだが、久し振りに見る友人としての笑顔。
イルヴィナの悪夢から今まで。事務職に移った私に基礎を叩き込み、自分は裏方のほうが性に合うからと笑いながら、ずっと支えてきてくれた。
おそらくトネリも、これで終われると感じているのだろう。
「これでジェットの周りも落ち着くだろうし。そろそろ友人に戻ってくれるか?」
唐突な私の要請に、長年の友はただ笑う。
「補佐を辞めていいなら喜んで」
「それは困るな」
即答すると、さらに笑われる。
「なら仕方ないのでこのままですね」
「それもなぁ…」
「どちらを取りますか?」
穏やかな顔で見返すトネリも、もちろん返事はわかっているのだろう。
「これからもよろしく頼むよ、トネリ補佐」
「こちらこそよろしくお願いします、ハーバス事務長」
お互いにそう告げて。
長閑な友情はもう少しお預けのようだと笑い合った。




