三八三年 実の五日 ③
「……あー、その、なんだ………」
ぼそりと声がかけられた。
「…ふたりについてはまたあとで聞かせてもらうが…」
咳払いしながらのアレックの声に、ふたりは飛び上がって離れる。
「と、父さん?」
「今はあっちが先だ」
アレックの視線の先には、後ろ手に縛られたスタインの姿があった。
ククルが近付くと、スタインは一度目を合わせたものの、すぐにうしろのアレックへと目線を移す。
「このまま警邏隊に突き出してくれ」
「ワーグさん?」
「できれば早急に頼む」
ククルの声にそう返し、黙り込むスタイン。
ククルはさらにスタインに近付き、その目の前にしゃがみ込んだ。
「ククル?」
間に入ろうとするロイヴェインに大丈夫だと頷いて、ククルはじっとスタインを見てから頭を下げる。
「すみません、痛かったですよね。私、思いっきりやってしまったから…」
突然謝られ、スタインは唖然とした様子でククルを見返した。
顔を上げたククルは言葉の出ないスタインに、もう一度すみませんと告げる。
「ワーグさんは手荒なことはしないと言ってくれましたが…ついていくことはできなくて…」
申し訳なさそうなククルをしばらく瞠目したまま見つめていたスタインは、やがて辛そうに視線を落とし、長い息を吐いた。
「……当然だ」
低く力のない声に先程までの鬼気迫るものはなく、何かを諦めたような濁りを含み。
「巻き込んですまなかった。君が気に病むことなど何ひとつない」
そのまま淡々と、スタインは謝罪の言葉を口にした。
どこか遠くを見るようなその眼差しが自分を通して誰かを見ているように感じ、ククルはスタインの言葉を思い出す。
「…話してもらえませんか?」
応えないスタインの目を、ククルはさらに覗き込む。
「…娘さんに、何かあったんですか?」
明らかな動揺を見せたあと、スタインはもう一度ククルと視線を合わせた。
「本当にすまなかった。警邏隊に引渡してくれれば、それで―――」
「そもそもあんたは警邏隊なんだし。引き渡した先の警邏隊とグルじゃないって言い切れる?」
口を挟んだロイヴェインに、スタインは口籠りかぶりを振る。
「これは警邏隊としてではない。私個人の行動で…」
「証明できる?」
重ねて問われ、もう一度首を振るスタイン。
だろうね、と言い捨てて。
「人を拐おうとしておいて何の説明もなしで、こっちが納得すると思ってんの?」
見下ろす翡翠の瞳には、静かな怒りが見えた。
「どの道あんたには話すしか選択肢はないんだよ」
宿泊客がいる宿よりはいいだろうと、食堂へと場所を移してスタインの話を聞くことになった。
拘束は解かなくていいとスタイン自ら申し出て、縛られたまま少し窮屈そうに椅子に座り、淡々と語っていく。
娘が拐われ、返してほしければ、ライナスでの訓練後のギルド員たちが帰り手薄になるときを狙ってククルを拐うよう指示されたという。
「それまでにククルさんに協力を願いたかった。……手荒になってしまったことは申し訳ない」
自分にも監視がついているのであまり自由に動けない。ミルドレッドへの道中で話し、協力者との顔つなぎをしたら解放するつもりだったと言われた。
「ここへ来るのには、協力者…ルミスに身代わりを頼んだ。今頃訓練場で鍛錬でもしてるだろう」
訓練場の裏口から門も通らず街を出られるようにしてあるらしい。確かに訓練場は街外れにあったなと、一度行ったことのあるククルは思う。
「娘はセレスティアに住んでいるが、ルミスが見に行ったところ、昨日の朝は仕事に来なかったそうだ」
「その協力者とやらは信じられるのか?」
ゼクスの言葉にスタインは頷く。
「周知はさせてないが、ルミスは娘の婚約者だ」
「で、誰からの指示かってのはわからないってわけだ?」
ロイヴェインの言葉に頷き、うなだれる。
「警邏隊関係者だということは間違いないがな」
指示書の置かれていた場所は、スタインの隊長室。おいそれと一般人が入れるところではない。
「何もわからず、打つ手もなく。それでもどうにか先手を取りたくてこんな真似をした。ククルさんの協力が得られなくても、今私が捕まって独断だと言い張れば娘は解放されるかもしれない。あとはそれに賭けるつもりだった」
うなだれたままのスタインに、ゼクスが低く呟く。
「……可能性は低いと思うがな」
「わかっている」
深い溜息と共にスタインが目を閉じた。
「だが、私が信じられるのはルミスだけ…。ふたりでは、もう何も……」
「ワーグさん…」
張り詰めていたものが切れてしまったように、打ちひしがれるその様子に、かける言葉が見つからず、ククルはただその名を呟く。
娘の為にと暴挙に出たスタイン。
彼の望むように自分が行けばもしかしてと思ったが、おそらくそう考えると読まれていたのだろう。テオに腕を掴まれ、首を振られる。
何か自分にできることはないのだろうか。
縋るように居合わせる皆を見回したククルに、ゼクスたちは顔を見合わせ、ふっと表情を和らげた。
ゼクスがアレックへと視線をやる。
「いいな、アレック」
「もちろんです」
頷いたアレックに見られ、テオも同じく頷き返す。
「…まぁ、ククルちゃんならそう言うな」
「間違いなく、な」
ふたりで納得し合うノーザンとメイル。
「ロイ、解いてやれ」
「はいはいっと。ククルに感謝しなよ?」
拘束を解かれ、呆然と見回すスタイン。
「これは……」
最終的に場の主導権を握るゼクスを見、ぽつりと呟いた。
「ミルドレッドの警邏隊とは協力関係だと聞いているが、どうやらお前さん個人と、という認識でいいようだな。それにおそらく、巻き込んだのはこちらのほうだ」
ククルを一瞥し、ゼクスが続ける。
「こちらの事情はまた改めて。今は儂らを…ククルちゃんを信じ、預けてくれるか?」
「…ククルさんを……?」
じっとスタインに見られ、ククルは慌てて違うと首を振る。
「ゼクスさん、何を…」
「だって。英雄さんは言うまでもないし、ギルドの事務長も補佐も、ククルの為なら何でもするよね」
「何でもって……」
笑いながらのロイヴェインに、でも、と眉を下げる。
「俺だって。皆だって。ククルが助けたいって言うなら協力するよ」
「ロイ……」
もう一度見回すと、周りの皆も優しい笑みを浮かべて頷いてくれた。
「…ありがとう……」
ぎゅっと両手を握りしめ、頭を下げる。
「というわけだ。お前さんは気付かれぬよう早く戻っておとなしくしておれ」
そんなククルを呆けて眺め、ゼクスの言葉に皆を見て。
ようやく呑み込んだスタインが、堪えるように歯を喰いしばり、立ち上がって深々と頭を下げた。
「……ありがとうございます……!」
「礼は上手くいってからにしてもらおう。頼むぞ、ロイ」
スタインに近寄り労うように背を叩いてから、ゼクスがロイヴェインの名を口にする。
「ゴードンだね。アリーに、服置いてくからって」
「ああ。気を付けろ」
短いやり取りのあと、ロイヴェインは微笑んでククルを見た。
「ひとっ走り知らせに行ってくるよ!」
「ロイ!」
じゃあ、と踵を返したロイヴェインをククルが呼び止める。
「気を付けて…!」
心配そうなその顔に、本当に嬉しそうな笑みを向け。
「ありがと。行ってくる」
明るい声でそう告げて、ロイヴェインは店を出ていった。
何度も礼を言いながらスタインが帰ったあと。
訓練後に手薄になることを知られているということは、どこからか見張られている可能性もある。万が一を考え、何事もなかったかのように過ごすべきだとなった。
話を聞いたアリヴェーラは何のためらいもなく髪を切り、ロイヴェインが間に合わなければ代わりに訓練に出るので、彼として扱うようにと頼んできた。
「儂らにできることは、いつも通り滞りなく訓練をすること、だな」
そのつもりで、と告げたゼクス。
町を見下ろすその眼差しは、それでも少し憂慮が窺えた。
明日への準備も終え、閉店作業の済んだ店内。
ククルとテオの前に、アレックが立っていた。
「……昼のことだが…」
「恋人になった」
赤面するククルを置き去りに、その手を取ってテオが即答する。
「俺の気持ちは、父さんも知ってるよな?」
十三歳の、選択の年。そのときから、自分の気持ちは変わらない。
この店で、ずっとククルと共にいること。
それが自分の願いなのだから。
言い切るテオに頷いてから、アレックはククルへと視線を移す。
「ククルも同じ認識だと思っていいのか?」
ぎゅっと手を握り返されて思わずククルを見ると、まだ頬を染めたままの彼女はまっすぐアレックを見上げていた。
「…男性として、テオのことが好きです」
はっきり告げられたその言葉に、今度はテオが赤くなる。
手をつないだまま互いに照れ合うふたりをむずがゆそうに見下ろし、わかった、とアレックが呟いた。
「ふたりとも同じ想いなら、父さんからは一言だけだ」
両手を伸ばし、ふたりの肩に置く。
「よかったな」
顔にも声にも滲む喜色に、ふたりは顔を見合わせ微笑み合う。
その様子をしばらく優しい眼差しで眺めてから、はた、と気付いたようにアレックが表情を変えた。
「…テオ、ククル……」
きょとんと見返すふたりに、大変言いにくそうにアレックが疑問を口にする。
「…その、昼間レムが言っていたことだが……。……違うよな?」
何のことを聞かれているのかわからずに、しばらく考えてから。
先に気付いたククルが真っ赤になって必死に首を振る。
そのあまりの狼狽振りに驚いてから、ようやくテオも気付いた。
昼間に、レムがスタインに言い放った言葉。
「〜〜〜っっ!!!」
ぼんっ、と音が聞こえそうな程に。一瞬でのぼせたテオが、声にならない叫びを上げる。
「…いや、違うならいいんだ……」
ばつ悪そうに視線を逸らすアレック。
「っ父さんっっ!!!」
我が父ながら馬鹿なことを言うなと、このときばかりは心の底からそう思った。




