ジェット・エルフィン/終わらぬ悪夢
本部に着くと、いつものように事務長室への呼び出しがかかってた。
帰還の報告はしたから、その場で解散してから向かう。
ダンとふたり事務長室に入ると、ギャレットさんがおつかれと労ってくれた。
「疲れているだろうから手短に済ますよ」
ウィルは一緒に帰ってきたところだし、トネリさんもいないから。ギャレットさんが淡々と話をしていく。
「イルヴィナ当時の警邏隊本部の隊長は既に退役し、副隊長のひとりが継いだんだが、ほかふたりも含めベレストが副隊長になって以降に除隊している」
「全員、ですか…?」
「ああ。二年程前にね」
時期的には俺の周りが騒がしくなるより前だが、実際に動いているのはどこからか情報を仕入れた奴であって、情報を持ってた本人ではない。
となると、逆に時期はちょうどになるのか。
その情報を知らせる相手を見定め、出処を悟られず情報を渡すには、準備期間だって必要だろうしな。
「…動き出したのはそれからだと?」
「あくまで憶測だけどね」
仕方なさそうな顔をしてるけど、かなり確実に近い憶測だってことは俺にもわかる。
本当の本当に憶測なら、ギャレットさんは絶対口には出さないだろうしな。
「で、当時の隊長と副隊長なんだが、本来なら四人のはずの副隊長が三人なのは、イルヴィナ直前にひとりが除隊になっているからで、その後しばらく欠員のままだったらしい」
何でも意見が割れたときの為に奇数にしているそうだが。大体上層なら候補を探してから除隊にしそうなものだけど。
それが間に合わないほど急だったのか、最適者がいなかったのか。それとも欠員のままのほうがよかったのか。
それに関してのギャレットさんからの意見はなかったけど。
わかったところでどうもこうもない、か。
「私からはそれくらいかな」
切り替えるように息を吐いて、ギャレットさんはそう言ってから。
「ククルさんの様子は?」
「…ちょっと疲れてましたけどね」
今回クゥはちょっと元気がなかったから。こっそりアリーに探りを入れたら、心配ないと言われた。
元気がないといえば、テオもそうだし。ウィルの奴も訓練前から様子がおかしくて、逆に訓練中の普通っぷりが気持ち悪いぐらいだった。
帰りも普通な顔してたけど。六年の付き合い舐めてるだろって。
特にこの一年は密接で。クゥに惚れたと言い出してからは、素直に感情が顔に出ることが増えてきたからわかるんだよな。
バレてないと思ってるのが腹立つけど。
ウィルもこどもじゃないんだし。よっぽど思い詰めた様子になるまではそっとしとけとダンにも言われてる。
ウィルも年始のレザンの件で懲りてくれてるだろうから、変なマネはしない……よな。
ホントに。どっちもこっちもすっきりしない。
溜息をつく俺に笑ったギャレットさんだったけど、すぐに笑みを消した。
「…ゼクスさんたちに、ジェットの口から報告させて申し訳なかったな」
低いその声に、俺は首を振る。
「俺から話すと言いましたから」
神樹の別名について。
ゼクスさんたちに話すべきかと、この三人で相談した。
俺たちはまだ当事者だけど、ゼクスさんたちは違う。
今こうして訓練を手伝ってくれてはいるけど、本来はもう忘れて、好きに生きていいんだから。
だから知らないほうがいいかもと、そう思いもしたけれど。
自分だったら、とギャレットさんに言われて決心がついた。
俺なら知りたい。
今更でも。どうしようもなくても。それでも知りたい。
だから話した。
三人共すぐに何も言えずに、噛みしめるように視線を落として。
でも多分、俺の前だったから。
一番の当事者の俺がいたから。
怒りも悲しみも全部呑み込んで、話したことに礼を言ってくれた。
皆のことを知ってもらえて、それで終わったと思ってたのに。
終わりきらない悪夢に、俺たちはあとどれだけうなされればいいんだろうな。
事務長室を出てから、戻ってきてるかと思ってウィルの執務室に行ってみた。
「はい」
扉を叩くとオルセンの声が返ってくる。
「オルセン。ウィルは?」
「ジェットさん、ダンさん、お帰りなさい。ご無事で何よりです」
オルセンのいつもの挨拶。行きも帰りも無事を祈ってくれるところは、ちょっとクゥにも似てるかな。
「ウィルさんは一度戻ってきたんですが、またすぐに行ってしまいました」
事務長室には来なかったけど。どこ行ったんだ?
「事付があるならお聞きしますよ」
「いや、顔を見に来ただけだから」
メモを取り出してやる気満々のオルセンには悪いけど、言付ける程の用事はない。
そうですか、としょんぼりするオルセン。行動がいちいち一生懸命というか何というか。見てて面白いんだよな。
「また明日にでも来るよ」
「わかりました。来られたことだけ伝えておきますね」
そう言って出ようとすると、突然扉が開いた。
「ウィル?」
「ジェット。ダン。どうかしましたか?」
普通に聞かれるけど。どうしたのかは俺が聞きたい。
「何でお茶…」
手にしたトレイにはポットとカップがふたつ。
「オルセンと飲もうと思ったんですけど」
「ウィルさん! それなら僕が取りに行きますから…!!」
「ついでがあったからいいんですよ」
そう言いながら俺の横を通り過ぎて、トレイを置いてから。
「で、何か?」
俺を見るウィルの目が、早く帰れと訴えてる。
心配して来てやってるのに。
「……いいよ、たいしたことじゃないし。今からお茶するんだろ」
「オルセンにお土産がありますので」
土産?
まさかと思って見てると、ウィルの手が止まった。
「まだ何か?」
「…土産って……」
「ククルにオルセンのことを話したら、日持ちする分を包んでくれたんですよ」
しれっとそう言われるけど!
「訓練中に??」
「す、すみませんっ!!」
何故かオルセンが慌てて謝ってくる。
「いや、オルセンのせいじゃ…」
「そうですよ」
そうですよ、じゃないっての。
全く、と思いながらウィルを見る。
多分、ウィルはウィルなりに立て直そうとしてるのかもしれない。
…余計なお世話、かな。
「…んじゃ、ま、帰るな」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした! お気を付けて!」
ふたりの声に送られながら執務室を出る。
「……大丈夫そうかな」
「そのようだな」
ダンの肯定にほっと息をついて。
何があったか知らないけど、一応俺だって心配してるんだからなと。
言ったところで素直に聞くウィルじゃないから。
俺にできることは、余計なことを考える暇がないように、精々忙しくしてやるくらいかな。




