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三八三年 動の三十五日 ①

 ギルドの一行が帰路に就く。

 見送りに来たククルたちの下に、エディルと訓練生たちが駆けてきた。

 ありがとうございます、と声を揃える訓練生たち。全員同期だからか、今回は特に仲がよかった。

「…ククル。テオ」

 少しはにかんでククルを呼び捨てにしてから、エディルはありがとうと頭を下げる。

「ふたりにも、本当に世話になった」

「こちらこそ。来てくれて嬉しかったわ」

「訓練、一緒にできてよかった」

 微笑むふたりに、エディルはもう一度深々と(こうべ)を垂れた。

「エディル?」

「俺で最後だから。改めて礼を言わせてほしい」

 驚くふたりの声を気にも止めず、そのままの姿勢で続けるエディル。

「俺たちの過ちを許してくれてありがとう。ここの皆に恥ずかしくないように、あのとき生まれ変わったと思って真面目にやっていくと、六人で誓ったんだ」

 顔を上げてふたりを見るその瞳には、深い感謝と未来への希望が浮かんでいて。

「俺たちにとって、もうここは故郷と変わらない。絶対に、また来るから」

 そう言い切り、満面の笑みを浮かべるエディルが手を伸ばす。

「ありがとう」

 テオをぎゅっと抱きしめてから、ククルには手を差し出して。

「さすがにククルを抱きしめるわけにはいかないから」

 テオと顔を見合わせ、笑いながら。ククルは出された手を両手で握りしめた。



 少し遅れて宿から出てきたユーグが駆け寄ってきた。

「色々とお騒がせしてすみませんでした」

「師匠は本当に周りが見えなくなるから」

 エディルの言葉にもう一度謝り、ユーグはふたりを見やる。

「私にもエディルがここを大事に思う気持ちがよくわかりました。今度はほかの弟子たちも連れてきますね」

「ありがとうございます。そのときは精一杯おもてなししますね」

 ククルの言葉に、喜ぶと思いますと笑うユーグ。

「私としても、アレックさんについてもう少し深く掘り下げたいところですし…」

「師匠……」

「ユーグさん…」

 結局はそれかと、エディルとテオが諦めたような声を洩らした。



「ククル〜!!」

 宿のほうへ挨拶に行っていたアリヴェーラが勢いよくククルに抱きつく。

「楽しかった! また来るわね!」

「ありがとう、アリー」

 不安定な自分を何度も慰め、励ましてくれた。

 アリヴェーラがいなければ、間違いなくもっと落ち込んでいただろう。

「…本当に。ありがとう」

「遠慮しないで、早く言うのよ?」

 抱きしめ返すククルにそっと耳打ちをしてから、離れて返事を待つアリヴェーラ。

「アリー…」

「それがククルにできること、でしょう?」

 もう一度、今度は軽く抱きしめてから、アリヴェーラは微笑んだ。

「全くお前はいつもいつも」

 抱きつく様子に呆れた声をかけるゼクス。いいじゃない、と笑うアリヴェーラに溜息をつく。

「すまんな、ククルちゃん」

「いえ。私も嬉しいので」

「私も!」

 微笑むククルに、さらにむぎゅっと抱きしめるアリヴェーラ。

「甘やかさんでいい。実の月に入ってからまた来るからな」

「テオもわかっているとは思うが。程々にな」

「怪我をされては来れなくなるからな」

 ノーザンとメイルに口々に言われ、気を付けますと苦笑するテオ。

「そうそう。無理ないようにね」

 にっこり笑ってロイヴェインがつけ足す。

 そう言う割には訓練は過酷じゃないかと、ぼそりと呟くテオの言葉は聞こえない振りをして、そのままククルの前に立った。

「ありがと、ククル」

 そう言って右手を出す。

「大丈夫。引っ張ったりしないから」

 わざとだろう軽口に笑みを浮かべ、ククルはロイヴェインの手を取った。

「…私こそありがとう、ロイ」

 ロイヴェインの笑みが、少し嬉しそうなそれになる。

「また来るから」

「ええ。待ってるわ」

 手を放し、ククルを見つめ。ロイヴェインが少しだけ顔を寄せた。

「…無理してるんじゃない?」

 アリヴェーラと話すテオに聞こえないように、ぽそりと小さく呟いて。

「こういうの、普段ならすぐ気付くんだろうけど。テオもだいぶ参ってるみたいだね」

「私のせいだもの」

 沈んだ声に、もう、と眉を下げる。

「そんな顔しないでよ。抱きしめたくなるから」

「ロイ…」

 冗談だと、今度こそ屈託ない笑みを見せるロイヴェイン。

 本当に心配してくれていることも、気遣わせないように軽く接してくれていることも、わかっていた。

「気にしないで。ちゃんと休んでね」

「…わかったわ。ありがとう、ロイ」

 自分にできることは、これ以上心配をかけないように笑って見送ること。

 そう思い微笑んで頷くと、ロイヴェインの表情にようやく少し安堵が見えた。



 いつものようにククルを抱きしめ、また来るからなとジェットが告げる。

「しばらくは本部と周辺にいるから。何かあったらすぐ連絡するんだぞ?」

「わかったわ」

 相変わらずの様子に笑いながら、ククルもジェットを抱きしめた。

「気を付けてね」

 道中の無事を願いそう言ったククルに、不意にジェットの抱きしめる手が強くなる。

「…クゥも」

「エト兄さん?」

 頭上から降る低い呟きに思わず名を呼び見上げるが、既にジェットはいつもの優しい笑みを浮かべているだけだった。

「ホントに。頼ってくれよな」

「頼ってるわよ」

 くすりと笑って背を叩く。

 名残惜しそうに離れたジェットは、呆れ顔のテオに少しだけ恨めしそうな眼差しを向けた。

「テオ。あんまりアレック兄さんの真似ばっかしてるなよ?」

「苦手だから?」

「テオはその為の身体を作っていないんだ。あまり無茶をするな」

 代わりに答えたダリューンが、テオの頭を撫でる。

「ククルも。しっかり休め」

 悩む様子を気付かれていたらしい。テオと同じように頭を撫でられながら、ククルは頷いた。

「ククルもテオも。もう少し肩の力を抜いてもいいと思うんだけどね」

 少し心配そうな顔のナリスが、嘆息混じりにそう洩らす。

「特にテオ。素直にね?」

 少し強めにテオの背を叩くが、当の本人は何のことを言われているのか全く検討がつかないといった様子でナリスを見返していた。

 同じくきょとんと見守ってから、リックが最後に前に立つ。

「次、俺がお手本役だから。それまでもう少しがんばってくるよ」

「リックなら大丈夫よ」

「その為にずっと訓練してきてるもんな」

 ふたりにすぐさまそう返されて、嬉しそうに笑うリック。

「ありがとう!」

 うしろの三人が微笑ましげに見守る中、リックはテオとククルに両手を差し出す。片方ずつ握ったふたりの手を真ん中でひとつに集め、両手で大きく振ってから放した。

 固まるふたりにダリューンは顔を変えず、ジェットの笑みが少々複雑そうなそれになり、ナリスは何も気付いていないリックの頭をいい笑顔で撫でた。



 最後にやってきたウィルバートは、いつも通りの穏やかな顔でふたりに礼を言う。

「ありがとうございます。今回も無事に終えることができました」

「私は何も」

 予想通りの答えだったのだろう。ウィルバートが少し笑った。

「テオも、店に訓練にとお疲れ様です」

「ウィルこそ」

 そのままの表情でいえいえと返し、思い出したように続ける。

「少しククルに話があるので、ふたりにしてもらっても?」

 一瞬瞠目してから視線を落とし、わかった、と呟くテオ。

 距離を取るその背を見送ってから、ウィルバートは苦笑した。

「何も言ってないんだ?」

 答えないククルに、らしいけど、とつけ足して。

「誤解させたならごめん。アルディーズさんはどうするつもりなのかと思って」

 出た名にびくりと身じろぎするククル。

「ギルドで会うし、何なら俺から伝えておいてもいいけど…」

 ラウルはフェイトの兄弟子なのだから、もちろん会う機会はあるのだろうが。

 ウィルバートを見上げ、首を振る。

「……ラウルさんは、すぐに来られないからって言って、毎回取り下げてくれるから…」

 手紙を書こうかとも思ったが、向こうからも一度も来ないのに、いきなりそんな内容の手紙を送りつけることはできなかった。

 なので、黙っている形になることは心苦しいが。

「いつかまたここに来てもらえたときに、自分の口からちゃんと話すわ」

 おそらくその前に、どこからか話は聞くかもしれないけれど。

 それでも面と向かって応えることが、想いを告げてくれたラウルへのせめてもの誠意だと思った。

 迷いを見せつつもしっかりと答えたククルに、そうかと呟く。

「わかった。余計なお世話だったね」

「ううん。ありがとう、ウィル」

 どこか申し訳なさそうなウィルバートに、とんでもないと慌てて否定して。

 優しく見つめる紺の瞳に、心からの感謝を告げた。

 今もなおこんなに自分のことを気にかけてくれることが、本当にありがたく。今は何も返せない自分だが、こうしてこれからもここへ来てくれるのなら、少しずつでも返していければと思う。

「…じゃあ、また」

 和らいだ瞳に少し喜色を滲ませて、ウィルバートが別れを口にした。

「ええ。また」

 そう返し、ククルも微笑んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ひとつずつ進んでゆくのですね。    こらからが楽しみでもあり、ちょっぴりと寂しくもあり……です。
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