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三八二年 動の三日 ①

 リックは迷っていた。

 憧れの英雄ジェットの故郷は、よくいえばのどかな、悪くいえば何もない田舎町だった。数日滞在すると言われたが、正直何もすることがない。

 昨日はナリスに連れられて丘を降り、町で少しは時間を潰せたが、今日に至ってはそれすらない。

 朝食を終えて宿に戻っては来たが、結局は手持ち無沙汰になり外に出た。

 (どう)の月に入り、快晴が増えてきた。澄んだ青空を見上げるよりも先に、町を見下ろすように座り込む背に気付く。

「ジェット、何してんの?」

 近寄り声をかけると、振り返ったジェットが笑う。

「おう、リック」

 座るか、と隣を示され、リックは素直にその言葉に従った。

「宿も店も手伝うことないって言われたから、少しのんびりしてた」

 そう言って町を眺めるジェットの表情は、一緒に旅をしていた英雄とは違っていて。

 いつもより幼く見える程力の抜けたその顔に、違和感と納得を覚える。

 どんなに退屈でも、ここはジェットの故郷なのだと。

「ジェットはここが好きなんだな」

「故郷だからな」

 そう言い、穏やかに笑う。

 ギルドでは見ることのない柔和な顔を眺めていると、視線に気付いたジェットの表情がふっと曇った。

「すまないな、リック。きっと俺は、お前が憧れてるような英雄じゃない」

「ジェット?」

 唐突な言葉に耳を疑い、リックは思わず名を呼んだ。

 浮かぶ焦燥に困ったような笑みを見せ、ジェットはリックの頭をくしゃりと撫でる。

「それでも俺は、今まで俺が得られたものを少しでも伝えられたらと思ってるよ」

 ポンと背を叩かれ、リックは我に返った。見返すジェットは既に見慣れた顔付きに戻っている。

「さてと、昼まで何すっかなぁ」

 大きく伸びをして立ち上がり、そのままリックへと手を差し出す。

 自分が憧れる英雄、ジェット・エルフィン。

 実際弟子にしてもらってから、自分の思い描いていた英雄像とは違っていて驚くことも多かった。

 しかしその強さと身体能力、そしていつも人の為にばかり動く姿勢。それはまさに英雄であると、自分は思っているのだから。

 ジェットの手を借りて立ち上がる。

「ジェット」

 ぐっとその手を握って、リックが見上げる先。

 目標にする英雄が、そこにはいた。

「俺はジェットの弟子になれてよかったと思ってるよ」

 告げられた言葉に、少し驚いたように瞬いて。

 ありがとな、と、ジェットは笑った。



 ヒマだから、と言うジェットについて町に降りたリック。次々と住人たちに声をかけて手伝うジェットに振り回されながら、それなりに忙しい午前中を過ごした。

「ジェットって、帰ってきたらいつもこんなことしてんの?」

 互いに命を預け合うのだから、慣れた口調で喋ればいい。

 初対面でそう言われ、最初こそ躊躇したものの、今では自然な言葉が出るようになった。

 ちなみにパーティー内は全員呼び捨てとの厳命もある。

「世話になってる分くらいは返したいんだけどな」

 丘を登りながら答えるジェット。どうやらまだ返し足りないと思っているようだ。

 住人たちも英雄に気後れすることなく、普通に雑用を頼んでいた。幼子と共に絵を描く英雄など、間違いなくこの町でしか見られないだろう。

 丘を登り、食堂の扉に手をかける寸前。ぴたりとジェットが動きを止める。

「外で食おっか?」

 振り返ってそう言い放つ。

「え?」

「裏、いい木陰あるんだよ」

 結局返事を待たずに決めたジェットと共に、店の裏で食べることになった。

 ククルには食事ができたら運ぶと言われた。ジェットと一緒に裏手に回り、言われるがままに木陰に座る。

 時折風が抜け、ざわりと葉が揺れる。外で食べることも野営することも珍しくはないが、こんなに穏やかな時間ではない。

 呆けて座っていると、店の裏口からククルが出てきた。片手に食事の皿とカップの載ったトレイをふたつ、反対には大きめのポットを持っている。

 ジェットが立ち上がってポットを受け取った。礼を言って、ククルは屈む。

「お待たせしました」

 トレイをひとつ渡される。

 エプロンのポケットから出した布を片手で器用に広げ、ジェットの分に重ねてあった、空のトレイをそこに置く。ポットを置いたジェットが座るのを待ってから、トレイを手渡した。

「ダンたちが来たらここにいるって伝えておくわ」

「ああ。ありがとな」

「リックさん。お食事足りなかったら言ってくださいね」

「あ、はい」

 急に自分を見てそう言われ、思わずリックは普通に返事をした。ククルは微笑んで、ごゆっくりどうぞと言って立ち上がる。

 戻るククルを何となく見送ってから、リックは渡された食事を見る。

 食べやすいようにサンドイッチにしたらしい。具は卵、鶏と野菜、厚切りのハムとチーズ。

 何の気なしにジェットのほうを見ると、これは俺用、とジェットが笑う。どうやら具が違うらしい。

「ジェットは好き嫌い多いもんね」

「これでもマシになったんだけどな。リックくらいのときは、ホント身体作るの苦労した」

 サンドイッチにかぶりついて、少し懐かしそうな目をする。

「兄貴たちも色々食えそうなもの考えてくれたな」

 食ってみるか、と一切れ渡される。多めに塗られたマスタードに、具はドレッシング和えの野菜と塩の効いたほぐした肉が混ぜられている。

 どうだと聞かれ、すっぱいと答えると笑われた。

 リックはむくれながら自分の分を食べ始める。

(正直、食いもんは美味いんだよな…)

 モヤモヤする心中から気を逸らすように、次々頬張る。

 鶏と一緒に挟んである野菜も酸味がきついかと警戒したが、こちらはそうでもなくて安心した。

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― 新着の感想 ―
次々と胃袋を掴まれていく男たち。 その姿はミルクを強請る子猫のよう(-ω-;) 彼等はもう彼女から離れる事は出来ない。何故なら物理的に胃に首輪、ならぬ胃輪が填められているからだ。
[良い点]  ククル、もう少しだよ~♪  リックの胃袋も掴めそう。(*`艸´)  英雄といわれていても、すべての時間を  英雄として生きているわけではないですよね。  リックはそこに気がついてゆくの…
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