三八三年 動の三十四日 ①
訓練最終日。テオとユーグを含めた全員を集めるロイヴェイン。
「……また恒例とか言うんだろ」
うしろからぼそりと言うジェットに、当たり前だよ、としれっと返す。
「英雄さんなんだから、それくらい役に立ってよ」
「それくらいって!」
こちらも恒例となりつつある気の抜けた会話のあと、ロイヴェインが一同を見回した。
「ユーグとテオは訓練生側で。今日は四対―――」
「すみません!」
言葉を遮り、リックが一歩前へ出た。
「俺も訓練生側で出させてください」
頭を下げるリックに、ロイヴェインの、そしてジェットたちの視線が集まる。
「理由は?」
短く尋ねるロイヴェイン。リックは顔を上げてまっすぐ向き合い。
「パーティーの中で、俺だけ実力が足りないから。挑まれるより、挑む側がいい」
迷いのない声で、そう言い切った。
しばらく逸らさず見返してから、ロイヴェインはジェットを振り返る。
「だそうだけど?」
「俺はいいよ。リックが納得いくようにやればいい。な?」
振られたダリューンとナリスが頷くのを見て、決まりだね、と笑う。
「三対十一。あっちで作戦練るよ!」
場所を移動しながら、ぽんとリックの肩を叩くロイヴェイン。
そして、どこか嬉しそうに自分を見るジェットたち三人に。
「ありがとうございますっ!」
大きく頭を下げてから、リックはロイヴェインを追いかけた。
「今回はなかなかいい手駒が揃ってるからね。よく考えて」
作戦には口を出すつもりのないロイヴェインは、それだけ告げて黙り込んだ。
ギルド員ではないテオと、本来は指導する側であるユーグも同様だ。
訓練生たちが悩むのは、こちら側では突出する実力のロイヴェインとユーグの扱い。互角の相手に対峙させれば足を止めることはできるが、あくまで止めるだけ、だ。
「そういえば、ユーグさんはジェットさんの戦い方も真似できるんですか?」
唐突に尋ねた訓練生に、ユーグは笑って頷く。
「劣化版ですけどね。ある程度のクセは把握していますよ」
手合わせした者の癖を覚え、真似することが趣味なのだというユーグ。さほど強くはないと本人は言うが、一戦ごとに戦い方がころころ変わるので、掴みどころがなく戦いにくい。
「ジェットさんにジェットさんの戦い方でいってみたらどうだろう?」
「驚きはされるかもしれませんけどね」
あくまで本人には劣ると言うユーグに、訓練生たちは顔を見合わせる。
悩む訓練生たち。ひとつ思い当たることがあり、テオはロイヴェインを見た。
「……ロイ、ジェットのことなんだけど、話していい?」
少し驚いた顔をしながらどうぞと促され、テオはユーグに向き直す。
「父さんの戦い方ができるなら、たぶんそれが一番ジェットが嫌がると思います」
「アレックさん、ですか?」
「確かに今回のテオとは戦いにくそうだったね」
手合わせを重ねることでさらにアレックの癖と似てきた自分に、ものすごく嫌そうな顔で相手をしたジェット。直後ダリューンに指摘され、少しは取り繕った顔をするようにはなっていたが。
期待の目で見る訓練生たちに、ですが、と苦笑するユーグ。
「劣化版の上に完成度も低いですよ」
「…でも、ほかよりは怯ませることができるかも?」
「それに、ちょっと面白そうだよな」
いたずらでも思いついたように、楽しそうにあれこれ意見し合う訓練生たち。
そんな中、エディルが意を決したように口を開いた。
「始めっ!」
ゼクスの声に一斉に駆け出す。
自分たち三人を分断するようになだれ込んでくる様子に、ジェットは連携を阻止するつもりなんだろうと思いながら、敢えて受けた。
ユーグとテオ、三人の訓練生。
指導の必要のないユーグを落としておいてからゆっくり四人を、と思ったところに、妙に馴染みある動きでユーグが掴みにきた。
思わず出しかけた手を引っ込める。
「テオ、お前っ!」
誰の差し金かは聞くまでもない。
自分にとって絶対的に格上であるアレック。幼い頃から叩き込まれてきた恐怖はそう簡単に拭えるものでなはい。
「俺はさらに劣化版だけど。嫌がらせにはなるよな?」
「訓練だぞっ??」
何故ここで嫌がらせという言葉が出るのかと思いつつ。
目の前の敵というよりも過去の記憶と戦いながら、ジェットはとりあえず色々と面倒くさいふたりを先に落とすことに決めた。
ジェットから離されながらもユーグの動きを見たダリューンは、行くべきかと思い状況を確認する。
自分の前にはロイヴェインとリックと訓練生が三人。
「俺はダンにも感謝してるんだよ」
いきなり落としにかからないことは気付かれているのだろう、まっすぐ目を合わせてリックが告げた。
「だから今日は挑ませてくれる?」
リックがパーティーに入り、一年半。
頼もしい言葉を嬉しく思う。
「わかった」
ジェットには自分で対処してもらうことに決め、ダリューンはリックたちに向き合った。
「ついでにさぁ、アリーとも手合わせしてあげてよ?」
留まることを勘付いたのか、訓練生たちの一歩うしろに下がったロイヴェインが口を挟む。
「断る」
何故アリヴェーラがあれ程自分に固執するのかはわからないが、手を抜ける相手ではない以上、本気でやって怪我をさせそうで怖かった。
「一度でいいからさ。頼むよ」
「断る」
まずはうるさいこいつを黙らせようと、ダリューンは訓練生たちの間をすり抜けた。
「俺の相手はエディルがしてくれるんだ?」
一対一で向き合うエディルに、足を止めたナリスが尋ねた。
「力不足は承知の上。でも、どうしても俺ひとりでやりたくて無理を言った」
「そんなに嫌われてる?」
違う、と小さく首を振るエディル。
「…俺たち六人にとっての恩人なんだ。素直に託すのは癪だから」
ナリスがぼそりと呟かれた言葉に瞠目し、それから瞳を細める。
「…ホントに。妬けるよね」
ふっと息を吐き、一旦構えを解いて。
「幸せにするって約束するよ」
そう言い切り、踏み込んだナリス。迎えるエディルの拳を払ってそのまま手首と首筋を掴み、足をかけ。
体勢を崩したエディルをそのまま真下に倒した。
ふてくされて座るロイヴェイン。視線の先ではジェットとダリューンが、それぞれ訓練生たちとリックの相手をしている。
「やっぱり付け焼き刃じゃ無理でしたね」
「力ずくでしたね」
隣に行儀よく座るユーグとテオが和やかに笑い合う。
「完敗です」
「少しは納得してもらえたかな」
晴々とした様子のエディルに、まだ土のついていないナリスが立ったまま返す。
「いや、ナリスはまだ向こうだろ。っていうか、訓練なんだから。瞬殺するなって」
睨み上げるロイヴェインにごめんと謝り笑うナリス。
「あんなこと言われちゃったら、男を見せとかないと」
「知らないよ……」
本気でぼやき、ロイヴェインは溜息をついた。




