ロイヴェイン・スタッツ/それでも
訓練前にククルからの手紙が来た。
話したいことがあるから、時間を取ってほしい。
そう書かれた文面を見た瞬間から、もう何を言われるのかはわかってた。
手紙を置いて、そのまま床にへたり込む。
万が一、なんてお気楽な希望を持てる程、自分が好かれてるなんて思えない。
彼女がいつも誰を見てるかなんて。知りたくなくてもわかってたんだから。
―――そう。わかってたけど。
それでも彼女が好きで。
それでも諦めきれなくて。
差し出した手を引っこめることができなかった。
座り込んだまま宙に手を伸ばしてみて、そのままぱたりと落として。
込み上げる涙に喉が詰まる。
仕方ないんだと。
いずれこうなることはわかってたはずだと。
何回言い聞かせても、しばらく涙は止まらなかった。
どんなに覚悟して行ったって、俺だって悲しいし。
応えられないってだけで落ち込むククルなんだから、振ったりなんかしたらどれだけ自分を責めるのかなんて、考えるまでもなくて。
だからアリーに頼んで、予定の前夜に着くようふたりで行くことにした。
フられてくるから、ククルのことお願い。
そう言ったら、アリーはなんにも聞かずにわかったわって返してくる。
こんなときばっかり聞き分けのいいアリー。全部見透かされてるみたいで、ほんと嫌になるけど。
アリーが俺の姉でいる為に、ずっと必死だったのはわかってるから。文句言わずに甘えることにする。
少しでもククルの為に。
俺ができることなんて、ほんの少ししかないけど。
ミルドレッドで時間を潰して、閉店間際に店に行く。
驚くククルを連れ出そうとすると、テオがものすごくうろたえてて。まだ何も聞いてないんだと知った。
ククルらしいとは思うけど。テオにはちょっと気の毒かな。
ま、教えてやるつもりはないけど。
ククルとふたり外に出て。フられるのはわかってたから、さっさと振って明日から普通にしてほしいって言ったら泣いて謝られた。
紫の瞳からポロポロ涙を零すククルは、こんなときなのにかわいいとしか思えない。
抱きしめたいけど我慢して。
ククルが好きだって自覚する前の俺だったら、泣いてる女の子にどうするかなって考えたけど、わからなかった。
だって、目の前で泣いてるこの子は、俺が好きで好きでどうしようもなくって、たとえ報われなくっても大切で仕方ない、そんな相手なんだから。
………こんなに好きなのに。
彼女だけでいいのに。
ほかに何もいらないのに。
どんなに焦がれても。手を伸ばしても。俺のものにならないことなんかわかってるけど。
わかってたけどっ!
それでも、好きなんだよ。
……好きだから。
洩れる吐息を隠すように名前を呼んで、頬に触れて涙を拭う。
……これで最後。そう思って、反対の頬にキスをする。
自分の気持ちに気付かずに、無理矢理キスして泣かせてごめん。
ホントに。本当に。俺はククルのことが好きなんだよ。
離れると、驚いた顔で俺を見てるククル。びっくりしすぎて涙も止まったみたいだな。
断られるのをわかってて、次は唇にって言ってみる。
もちろん頷いてくれるなんて思ってない。
首を振るククル、冗談だってことはわかってくれてるみたい。少しだけ軽くなった空気によかったと思うけど。
………それでも万が一を願うくらい。本当に俺はククルを好きなんだよ。
待たせてごめんねって言われて。
ありがとうって言われて。
俺のおかげで少しだけ素直になれたって言われた。
あんなことをしたのに嫌われてない自分を喜ぶべき、なのかな。
ククルが誰を好きかなんて最初っから知ってたって言うと、ククル、ホントに驚いてて。
ククルも。テオも。
人の気持ちには聡いくせに。何でお互いに向いてる気持ちだけわからないんだろ?
とっとと気付いてちゃんと捕まえておいてくれたら、こんなに好きになることはなかったかもなんて。
どうしてもそう思うから。ちょっとテオが恨めしい。
せめて友達でって頼んだら、ククル、ホントに不思議そうな顔をしてるから。
あんなによく言ってくれてたのに、もしかして友達にすらなれないのかと怯えてたら、仲間がいいって言われた。
納得できる言葉を見つけて満足そうなククル。俺に頼ってばっかりって言うけど、絶対にそんなことない。
ただ毎日何となく生きてただけの俺が変われたのは。それなりに恥じない生き方ができるようになったのは。
全部、ククルがいるからなんだって。
自分の影響がどれだけ大きいかなんて、全然わかってないよな。
だからいつも誰かの為に全力のククル。
それがどんなに嬉しくて。もしかしてって勘違いしそうになるくらい幸せなのか。
ククルは全然わかってないけど。
だから俺がもうククルには助けられてるって答えても、不思議そうな顔をするだけなんだよな。
ホントに。ククルの何気ない行動に俺がどんなに幸せだったかなんて。
全然、知らないままなんだから。
目の前で泣くような醜態は晒さずに済みそうだから、もうちょっと話したいってわがままを言って。
ふたり並んで、町を見てた。
もうフられてるのに全然落ち着かなくて。隣のククルにまだドキドキする。
話してたらククルがあの日のことを出してきて、ホントに焦って。
もう一度謝ろうとしたら止められた。
両親の死を受け入れられたと。
強くなれたんだと。
そう言ってまた礼を言われる。
俺のおかげだって。そう言って。
あの日俺はククルを泣かせただけじゃなかったんだって。
俺もククルの役に立ててたんだって。
ククルにとっての俺が、こうしてちゃんと意味ある存在で。少しでも助けになれてたんだって思うと嬉しくて。
もうどうしていいかわからない。
ククルの前じゃなかったらとっくに泣いてる。
せっかく我慢できてたのに。
こんなの。もう、無理だって。
泣いてるところは見られたくないって言うと、ククルは慌てて背を向けてくれた。
もちろんククルの前じゃ意地でも泣かないけど。
目の前の小さな背中。
こんな状況でもまだ抱きしめたいって思うくらい、好きで仕方ないけど。
ここで手を出したら友達にすらなれないって、わかってるから。
彼女が望んでくれた『仲間』でいる為に。ちゃんと我慢する。
礼を言って宿に戻ると言ったら、明日の朝食、と口にしてくれたから。
当たり前みたいに行くよって答えた。
おやすみって言って、振り返らずに宿に急ぐ。
ホントにもう。限界なんだよ。
ククルに話しに行く前に部屋は取っておいたから。前を通るとレムはちょっと驚いた顔をしてたけど、気付いてないフリをして。
部屋に入って、座り込む。
じわじわと、今日のことが心に染みてきて。
ほんとにもう、終わったんだなって。そう思った瞬間、急に悲しくなった。
いっぱい間違えて。
いっぱい傷付けて。
それでも、好きだったんだ。
どうしようもないくらい。
どうしていいかわからないくらい。
ククルのことが、好きだったんだ。
ただ、それだけだったけど。
もうホントに。終わりなんだな……。
どのくらい経ったのか。
部屋の扉が叩かれた音で我に返った。
「ロイ。アリーからお茶を頼まれたから、外に置いておくね」
外からレムがそう言って、すぐに去っていく。
完全に気配がなくなってから小さく扉を開けると、布をかけた籠が置いてあった。
引っ張り込んで中を見ると、ポットとカップと、水の瓶と、包んだお菓子と、濡れたタオルと。
どこまでがアリーに頼まれたもので、どこからがレムの判断なのか。ちょっとわからない。
…お菓子とタオルはレムのような気がするけど。そうすると、俺に何があってどうなってるのか、バレてるってことになる。
確認はしないでおこうと思いながら、お茶を注いだ。
温かいお茶を飲みながら。少しずつ緩む気持ちに息をつく。
まだ、全然諦められる気がしないけど。
それでも、せめてこれからは。胸を張って仲間だって言えるように。
彼女の幸せの為に。俺にできることを。
……我ながら未練がましいけど。それくらいは、許してもらえるよな?




