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三八三年 動の十五日 ①

 朝食を終え、帰路に就く一行を見送る為に店外へ出たククルとテオ。

 宿から出てきたジェットがまっすぐこちらへ向かってきた。

「エト兄さん、荷物は?」

 手ぶらのままのジェットに尋ねると、にっと笑みを返される。

「俺たちの出発は明日なんだ」

「えっ?」

 声を上げるふたりに、確信犯の笑みを浮かべるジェット。

「今回レムが休むだろ? ミルドレッドに行きたがってるから連れていってやってほしいって。前に来たときアレック兄さんに頼まれてたんだ」

 もちろんナリスがな、とつけ足して。

「次回まで日もないし、見回りがてら、このまま南に抜けてから東回りで戻ることになったんだ」

「父さん、こんなこと一言も…」

 驚くふたりを満足そうに眺めてから、ジェットはククルの頭を撫でる。

「てなわけで。仕事増やして悪いけど、あと一日よろしくな!」

 明るく言い切るジェット。

 呆れと喜びが混ざる眼差しで見上げ、わかったけど、とククルは呟く。

「仕込みもあるから。今度からわかってる分は教えておいてね?」

 こちらにも準備があるのだと。

 ククルから洩れた冷えた響きに、ジェットは手と笑みを引っ込めて頷いた。



 とぼとぼとジェットが離れると、入れ代わりにスヴェンとシモンが近付いてきた。

「テオ! と、ククル」

 ちょっと照れくさそうにククルを呼び捨てにしてから、スヴェンは楽しかったと笑う。

「ありがとう。まだ帰りたくないけど、仕方ないから帰るよ」

「俺も楽しかった」

 いつものように拳を合わせ、テオも笑った。

「手合わせ付き合ってくれてありがとな」

「一回くらい勝ちたかったけどさ」

 鍛え直してくる、と言葉の割には朗らかな笑顔を見せる。

「次来たら再戦してくれよ」

「もちろん」

 約束の印にもう一度拳を合わせてから、スヴェンはククルに向き合った。

「食事もお菓子も。ホント美味しかった」

「またいつでも来てね」

 その口調に嬉しそうな笑みを見せ、必ず、と返す。

「南行きの仕事、ホントに争奪戦だけど。師匠にがんばってもらうよ」

 そう言いシモンを振り返るスヴェン。勝手なことをと笑ってから、シモンはふたりに向き直った。

「ありがとう。有意義な時間を過ごさせてもらった」

 ばんっとスヴェンの背を叩き、思い起こすような声音で、本当にと続ける。

「あの過ちを成長のきっかけにできたのは、ここで会った人々のおかげだとスヴェンが言っていた。…実際にここへ来て、それがよくわかったよ」

「ちょっ、師匠っっ!」

 照れて慌てるスヴェン。ククルとテオは笑って顔を見合わせた。



 ありがとうございました、と訓練生たちに取り囲まれてお礼を言われた。

「初日は本当に悪かった」

 改めて謝るヘンリーに気にしないよう返し、不満はなかったかと尋ねるククル。

 一瞬きょとんとした訓練生たちは、不満なんて、と笑い合う。

「本部の食堂がここだったらいいのになってことくらい?」

「あ〜、それいいな」

「ククルさん、もう向こうで働かない?」

「せめてセレスティアなら通えるのに!」

 好き勝手を言う訓練生たち。半眼で睨むテオに気付き、そしたらテオもギルドに入るよな、と笑う。

「入らないけど。よければまた手合わせしてほしい」

「当たり前だって! 勝ち逃げさせたままにしとけるかっての」

 見てろよ、軽口を叩く訓練生たちに苦笑するテオ。

 しかしどこか嬉しそうなその様子に微笑みながら、ククルはいつでもここで待ってますねと返した。



「賑やかね」

 宿へと行っていたアリヴェーラが駆け寄ってきた。途端に静まる訓練生たちに、怪訝そうな眼差しを向ける。

 直後、うしろから押し出されるように、うろたえるヘンリーがアリヴェーラの前に立った。

「なぁに?」

 くすりと笑うアリヴェーラに息を呑み、ヘンリーは覚悟を決めたように拳を握りしめる。

「アリヴェーラさん! 俺、あなたにやられて目が覚めました。あんなこと言っておきながらって思うかもしれませんが、その、俺…」

 ごくりと喉を鳴らし、ヘンリーがアリヴェーラに一歩近寄った。

「アリヴェーラさんが好きです! もっと強くなるんで、俺と付き合ってください!」

 突然の告白に驚き固まるククルとテオ。当事者のアリヴェーラは少しも表情を変えずにヘンリーを見返す。

「こんな短期間で見初めてくれたのは嬉しいけど、ごめんね」

 微笑んだままのアリヴェーラの口からは。

「私今、ダンのことしか考えられないの」

 何故かダリューンの名が飛び出した。

「セルヴァさん??」

 どよめく訓練生。ヘンリーの告白以上の衝撃に、ククルもテオもアリヴェーラを見ることしかできず。

 愕然とした眼差しを一身に浴びながら、うふっとアリヴェーラが笑みを見せた。

「だからごめんなさいね」

「い、いえ…」

 断られたことよりもダリューンの名が出たことに動揺しているように見えるヘンリー。

 アリヴェーラがダリューンに固執しているのはそういうことだったのかと思うククルに、逸早く立ち直ったテオが訓練生たちには聞こえないくらいの声でぼそりと呟いた。

「…戦う相手として、って意味だと思う……」

 ククルは思わずテオを見、次いでアリヴェーラを見やる。

 聞こえていたらしい、アリヴェーラは人差し指で唇に触れて、いたずらっぽく微笑んだ。



 ゼクスたちが来たことで、訓練生たちは傷心のヘンリーを引っ張って待機場所に戻っていった。

「何話してたの?」

 怪訝そうに訓練生たちを見送るロイヴェインに、たいしたことじゃないわとアリヴェーラが返す。

「世話になったな」

「ククルちゃんもテオもお疲れさん」

「次までそう日はないが、疲れを取っておくようにな」

 次々に労ってくれる三人に、ククルはありがとうございますと頭を下げた。

「また次もお待ちしてます」

 帰り際くらい心配させないように、しっかりとした声で告げる。

 気持ちは伝わったのか、三人共和やかに微笑み、頷いてくれた。

「じゃあ次俺ね。ありがと、ククル」

 軽い口調で差し出された手を握り返すと、嬉しそうな眼差しを向けられる。

「俺もすぐ来るよ」

 握る手に力が込められ、反対の手も添えられる。

「次までここに残りたいくらい」

「馬鹿言ってないで」

 うしろからククルに抱きついてぼやくアリヴェーラに、少し羨ましそうな視線を向けつつ。

「本気なんだけど。仕方ないか」

 添えた手を下ろし、握る手をククルの手ごと持ち上げかけたところで止まり。

「…またね」

 するりと手を放し、ロイヴェインは微笑んだ。

「ロイもお疲れ様。次も待ってるわね」

「うん。待ってて」

 笑み崩れてそう返してから、立て直すように息をつき、テオを見やる。

「アレックさんに手合わせしてもらうのが一番だと思うよ?」

 今の自分に足りないものを得る為に、何をすればいいのか。

 端的に示され、テオは嘆息する。

「…わかった」

「サボるなよ?」

 それには答えず肩をすくめて。

「アリー。店手伝ってくれてありがとな」

 話は終わりとばかりに、アリヴェーラに話しかけるテオ。

「今回はお仕事だったから。ちゃんと真面目にやったわよ」

 抱きついたまま返すその手に、ククルも手を重ねる。

「助かったわ。ありがとう」

「あら」

 ふふっと笑ってから、ロイヴェインに視線を移し。

「羨ましいでしょ?」

「はいはい。ほんっとに羨ましいよ」

 ロイヴェインの返答に満足そうな色を覗かせ、アリヴェーラはククルから離れた。

「じゃあまた次にね」

「ええ。待ってるわ」

 満面の笑みのアリヴェーラに、ククルはありがとうともう一度告げた。



 最後に挨拶に来たウィルバートは、やはりまだ心配そうな表情を覗かせながら礼を述べる。

「ありがとう。無事に済んでよかった」

「もう大丈夫だから」

 周りはテオと三人だからか、崩れた口調は心底からの安堵を映すようで。

 一番に様子を見に来てくれた為に、ちゃんと落ち着けていない自分の姿を見ているウィルバート。だからこそ、まだ払拭しきれぬ心配があるのかもしれない。

「…すぐまた次があるけど、予定通り三十日開始でいい?」

「二十九日に到着ね。私はそれで構わないわ」

 もう一度ありがとうと呟き、ウィルバートはまっすぐククルを見つめて。

「……無理しないで」

 何かを言いかけ、結局それだけ口にする。

「ええ」

 頷くククルにようやく少しだけ辞色を和らげ、また来るからと告げた。

 それから隣のテオへと視線をやり、お疲れ様ですとの労いと共に。

「次回もアリヴェーラさんに依頼を出すつもりなので。テオも訓練がんばってくださいね」

 わざとだろう仕事口調に、俺はギルド員じゃないんだけど、とテオはぼやいた。

二百五十話目です!! ありがとうございます!

読んで下さる皆様のおかげです!

コンテストの感想をいただいてから、読んで下さる方が増えたような…。ありがたい限りです。

三百話前後でエンドマークがつけられそうなので。ラストスパート、がんばりますね。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  驚かせたかったジェット。子どもみたいだと思ってしまいました。笑  食材の都合もありますからね。ククルがひとこと言いたい気持ちはわかります。    おおっ! ヘンリー! (なんだか『最後の…
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