ジェット・エルフィン/黒髪の青年
ライナスに着いたその夜。ウィルに報告書を届けに行くと、明日ミルドレッドまで付き合えと言われた。
「ギルドへの報告もあるでしょうし」
できる限り所在地を伝える義務は確かにあるけど。
「ウィルはどうせ寄るんだから、ついでに報告しといてくれたらいいだろ?」
「俺は事務員であってジェットのパーティーの一員ではないんですよ?」
いいからついてきてください、といつになく真顔で言われてやっと気付いた。
何かほかに聞かせたくない話があるんだな。
わかったと答えると、呆れたように息をつかれた。
…鈍いって、思ってんだろ?
ちょっと睨み返してから、俺はクゥから聞いた話を思い出す。
いつの間にかウィルはクゥたち三人を呼び捨てに、クゥたちはウィルをウィル呼びしていた。驚いてクゥに聞いたら『愚痴仲間だから?』と疑問形で返された。
いや、聞いてるの俺なんだけど。
何だかんだでウィルがここに来ることも増えたし、仲良くなったんだろうか。
ウィルに聞いてもはぐらかされそうだと思ったから、結局俺は別の話を振った。
「そういやウィル。ここにいる間ずっと店番してくれてたんだってな。ありがとな」
「いえ。ジェットに礼を言われることではないですよ」
そう答えるウィルが、少し笑ったように見えた。
翌朝。見送りに店から出てきたテオと話すウィルを、うしろから眺めながら待つ。
クゥはまだ店の中だ。
ウィルがテオに右手を出し、握手に応えたテオを引っ張った。バランスを崩したテオの身体を左手で支え、ぽんと肩を叩く。
ウィルらしくないその行動に、俺は驚いてその背を見た。
そういういたずらをするような奴じゃないんだけどな。
目を見開いて固まったままのテオに苦笑する。これはかわいがられてるってことなんだろうか。
そうこうするうちに、クゥが店から駆け出してきた。持っていた包みをウィルに渡す。
「少しですがどうぞ。小分けにしておきました」
「ありがとうございます。色々お世話になりました」
礼を言って受け取るウィル。
「それは?」
近寄って聞くと、お土産ですよと返される。
「では、また来ますね」
「はい。お休み取れるといいですね」
俺にはわからないやりとりのあと、行きますよ、とウィルが言った。
ミルドレッドへの道中、ウィルが馬を止めた。
うん、前にウィルがダンに怒られた場所だな。
ウィルが馬を降りたので、俺も同じように木に繋ぐ。
「で、わざわざ俺だけに話って?」
「イルヴィナのことを探っている輩がいます」
間髪入れずに返された言葉に、俺は耳を疑った。
俺の反応も見越してたんだろう。淡々とウィルは続ける。
「早急に対策を練りますが、まだ相手も目的も不明です。ダンにも伝えておいてください」
「…わかった」
何とかそれだけ返す。
どうして今になって。
そう思うと同時に溜息が洩れる。
「…俺としては、全部明るみに出てくれたほうがいいんだけどな」
心底からの呟きにウィルが苦笑する。
「出方の問題です。後手に回ると今までの努力が無駄になりますよ」
「わかってるけど」
溜息しか出ない。
本当に、どうして今更急に。
今までにある程度の準備はしてるけど、あくまでこっちの主導で進められるように、だ。相手なんて想定してない。
ウィルたちには面倒をかけるけど、少し考え直す必要がありそうだ。
全く。これというのも。
「英雄なんて、向いてないんだけどな」
俺の行動すべてについてまわる、英雄の称号。
ぼやく俺を、呆れたようにウィルが見る。
「何言ってるんですか。ジェットは立派に英雄ですよ」
どこまで本気なんだろうか。
半眼で見返す俺に、ウィルは肩をすくめる。
「まずは調べないと何とも言えませんので。ジェットは今のうちにライナスでゆっくりしてきていいそうですよ」
よかったですね、とウィルが言った。
ライナスでゆっくり。
もちろん俺にとってはありがたいことこの上ない提案なんだが。
「俺は嬉しいけど、リックの奴がなぁ…」
俺がギルドを辞めると言い出したのは、クゥのせいだと思ってるらしい。何度か説明したけど、納得してくれてないままだ。
滞在が長引けばクゥにも迷惑をかけることになるかもしれない。
そう説明すると、そんなこと、とウィルは笑った。
「ジェットは何もしなくていいです」
「はぁ?」
「ククルに任せておけばいいんですよ」
何故かきっぱりとウィルが言い切った。
「クゥに? 何で?」
「彼女なら上手くやるでしょうから」
…別れ際といい、今といい。
どうにもウィルらしくない。
ウィルに限ってとは思うんだが、あまりに様子が違いすぎる。
「…お前、何か企んでないか?」
「何か、とは?」
いつもの調子で返すウィルを睨みつけ、俺は一歩距離を詰めた。
「クゥを利用する気なら―――」
最後まで言う前に、胸倉を掴まれ眼前まで引き寄せられる。
「本気で狙ってくから」
いつもより低い、剣呑な声。
目の前の紺色の瞳がすっと細められ、獰猛な強い光が浮かぶ。
「邪魔すんな」
短くそう言い切り、俺が振り払うよりも先に解放するウィル。これで終わりとでも言わんばかりに、わざとらしく両手を広げて肩まで上げた。
「そういうことなんで」
進みましょうか、と言われるが。
…いや、ちょっと待て。
今何が起きた?
あれはウィルか? ウィルなのか??
ウィルが俺の胸倉を掴んで言ったのか?
さすがの俺でも混乱する。
既に五年の付き合いになる。なのに、あんな姿は見たことがなかった。
それに。
それよりも!
今、何て言われた?
誰が、誰を、狙うんだ?
それってつまり、ウィルが? クゥのことを?
「えぇ〜〜〜!!!!」
馬が驚いて騒ぎ、手綱を外そうとしていたウィルが迷惑そうに振り返る。
「馬が驚きますから!」
「馬がじゃない! ウィル!」
無言で見返すその顔は、今までと同じものであるはずなんだが。
正面から睨むが、ウィルも視線を逸らすようなことはしなかった。
何だよこいつ、五年、いや、十年も猫被ってやがったのか。
全く気付かなかった。もう見事というしかない。
はぁ、と溜息をつく。
「…お前、あれが地か」
「何のことですか?」
しれっとそう返される。
「クゥはやらんぞ」
「受けて立ちますよ」
どこか吹っ切れたような眼をして、ウィルが口角を上げた。




