三八三年 動の十一日
朝だというのに疲れた顔の訓練生たちが、何とか朝食を詰め込んで店を出る。
入れ違いでふてくされた顔のロイヴェインと、謝るジェットが入ってきた。
「だってさ、いけると思うだろ? 体力だってあるはずだし」
「自分を基準に考えるなって、俺言ったよね?」
キッと睨んでそう言い放ってから、ロイヴェインはテオを見る。
「ってことで。よろしく、テオ」
「何?」
「ジェットがまたやりすぎて、皆ロクに動けないから。せめて見せる為にお手本やって」
何で俺が、と呟くテオ。
「ジェットにやらせればいいだろ」
「手本にならないもん」
そう即答し、お願い、と訴える。
「今はまだできそうだなって思える程度のお手本でいいんだ。だから」
どうにも素直に受け取りにくいが、必要とされている理由も一応納得はいく。
仕方なく嘆息し、テオはロイヴェインを見据えた。
「じゃあ、手伝うし、できるだけ毎日出るから。訓練に出ない判断は俺にさせて」
「…というと?」
「どんなにしんどくなってもククルが間に合わないなんて言うわけない。もう無理だって判断は俺じゃないと出せないから」
「そんなこと…」
しない、と言いかけたククルに視線を移すテオ。
「ククルなら。周りに気付かれる前に自分が頑張ればいいって思うよな?」
「テオ、私―――」
「それで間に合うんだろうけど。確実にククルは無理するよな?」
そう重ねるテオに返す言葉がないのは、その状況が容易に想像できるから。
口を噤んだククルに、諦めろ、と笑う。
「ずっと一緒にいるんだから。それくらいわかるよ」
カウンター席に座って朝食を待ちながら、ロイヴェインはカウンター内のふたりを見る。
あのあとしばらくむくれた表情を見せていたものの今はいつも通りの柔らかな笑みを浮かべるククルと、その隣に立つテオ。
おそらくテオには自分を牽制するつもりも見せつけるつもりもなくて。単なる事実として口にしただけなのだろう。
しかしそれが、どうしようもなく羨ましい。
ククルが間に合わないと言い出さないことはわかっていたが、もし危なくなればこちらから言えばいいと思っていた。
気付かせない為に自分を追い込むことまでは念頭になかった。
もちろん言われれば彼女らしいと納得できるが、思い至らないのはやはり年月の差なのだろうか。
嘆息を呑み込み、見つめる先。
カウンターの内と外。やはり、隔たりは大きかった。
訓練に行くテオを見送り、アリヴェーラとふたり店に残ったククル。
本当に、よく見られているのだと実感した。
尤もひとつだけ言わせてもらえば、結果はどうあれ初めから無理をするつもりはない、ということぐらいだろうか。
それも含めて見透かされていそうではあるが。
「洗い物終わったわ」
作業部屋から出てきたアリヴェーラにお疲れ様と労う。
「できること、あるかしら?」
微笑んでそう尋ねてくれるアリヴェーラに、断るのも何だと思い、野菜を切ってもらうことにする。
「お菓子以外の調理を任せてもらうのは初めてね!」
家で練習してきたの、と嬉しそうに笑うアリヴェーラ。以前にほとんど料理はしないと言っていた割には手慣れた様子に、本当に準備してきてくれたのだとわかった。
「ありがとう」
その気持ちが嬉しくて。つい洩れた呟きに、アリヴェーラも瞳を細める。
「もらったエプロンに恥ずかしくないようにしないとだもの」
「アリーったら」
ふたりで笑い合い、またお互い手元に視線を戻した。
しばらく無言で作業を進める。自分の作業音と、アリヴェーラが野菜を切る音。同じようでも、やはり違って。
「…寂しそうね?」
ぽつりと聞かれ、はっと顔を上げる。
手を止めたアリヴェーラが自分を見ていた。
「テオがいないと寂しい?」
「そんなことは…」
ない、と言い切れない自分に気付いてはいた。
あの一件のあと、本当にずっと一緒にいてくれたテオ。動の月に入って宿に戻るようになってからもう十日は過ぎているというのに、未だにここにいないことに違和感を感じる自分がいて。
いつの間にか、テオはここにいるものだと、そう思ってしまっていた。
答えあぐねるククルに、仕方ないわねと笑うアリヴェーラ。
「ま、ゆっくり考えなさいね」
時間はあるのだからと告げられて。
少し情けない表情になっているのを自覚しつつアリヴェーラを見返すと、そんな顔して、とさらに笑われた。
昼食前にテオが戻り、そのあとしばらくでやってきた訓練生たちは、今朝よりはまだ元気そうに見えた。
「アリヴェーラさんは訓練に出ないんですか?」
すっかり口調まで変わってしまっているヘンリー。気にした様子もなく、出ないわよ、とアリヴェーラが返す。
「私はここの手伝いに来たんだもの」
「カートが言ってた。アリヴェーラさん、模擬戦で敵も味方も全員落としたって」
スヴェンの言葉に訓練生たちが一斉にアリヴェーラを見た。皆の視線を一身に受け、ふふっと笑みを見せる。
「ちょっとロイを手伝っただけよ」
ジェットが邪魔だったんだもん、とぼそりと呟く。
「私はダンと戦いたかっただけなのに。皆して邪魔ばっかりするから」
「模擬戦って、訓練生の為のだよな…」
隣で苦々しく呟くテオ。
「ホント自由だな」
「ほめ言葉として受け取っておくわね?」
聞いていたらしく、そう口を挟み、口角を上げる。
「テオも少しは素直になったら?」
「何のことだよ」
愉悦の笑みに淡々と返し、テオはちらりとククルを見やる。
アリヴェーラを見て笑うククルに、こっそり安堵の息をついた。




