三八三年 動の八日 ①
朝、ゼクスを残して部屋を出たロイヴェインは、既に鍵が開けられている扉を嬉しく思いながら店に入る。
「おはようククル! 開けててくれてありがとう」
「おはよう、ロイ」
カウンターの中微笑むククル。テオはもちろん、アリヴェーラももう降りてきていた。
ふたりとも挨拶を交わし、カウンター席に座る。
「俺の分、ある?」
「もちろんよ」
即答に笑みを見せ、楽しみだと返して。
ちょっと待っててねと言うククルをじっと見つめる。
前回同様怯えた様子は見られず、今朝もこうして迎えてもらえてほっとした。
さすがに訓練が始まってからはこうした行動は取れないので、今日と明日の二日だけ、だ。
尤も、さすがに人数が多くて口説くことはできなさそうだが。
「お待たせしました」
目の前にトレイが置かれて、順に隣に並べられていく。
「ククルも座って!」
自分の隣を示してそう言うと、ククルも笑い、わかりましたと頷いてくれた。
ゼクスたち四人とジェットたち四人が揃う中、朝食を終えたところでジェットがリックに声をかけた。
「じゃ、リック。今日は一日付き合ってくれな」
「何のこと?」
きょとんと見返すリックに、ジェットは楽しそうに笑う。
「今回と次であの六人全部回るから、その次からどうしようって言ってたんだけど。リック、お前訓練全部出てるだろ?」
「そりゃあここに来るから…」
「お前がやれ」
一瞬の間のあと。
リックがガタリと立ち上がった。
「な、何言ってんだよジェット? 前回俺じゃ無理だからってテオに頼んだの忘れたのか?」
喰ってかかるリックに覚えてるって、と軽く続けて。
「でも、今はもうあのときとは違う。その上この先まだ一月、訓練も二回ある」
からかうつもりでも冗談のつもりでもない、師匠としての真剣な眼差しで、ジェットはリックを見据えた。
「俺はな。お前はできると思って提案したんだ。ロイもゼクスさんたちも、大丈夫だろって言ってくれてる」
思わず見やったリックに、無言で頷くゼクスたち。
ダリューンとナリスにも頷かれ、へたりと再び椅子に座ったリックは改めてジェットに向き合う。
「…ホントに…?」
ジェットを見るリックの瞳に揺れる、歓喜と不安。
包み込むように、ジェットが手を伸ばす。
「強くなったな」
少し強めに頭を撫でられ、完全に不安は消えて。
残る喜びを噛みしめて、リックは頷いた。
訓練が始まれば訓練生にかかりきりになるからと、今日まだ誰も来ないうちにリックの現時点での実力と課題を調べるつもりだというジェットたち。
意気揚々と店を出たリックだったが、昼食時には既にテーブルに突っ伏していた。
「……無理だって…」
年始の己の姿を彷彿とさせるその様子に、テオは苦笑する。
午前中はアリヴェーラも店ではなくジェットたちのほうへ行っていた。八人がかりで鍛えられればこうなるのも仕方ないだろう。
「まぁまだ一月あるから」
「でもナリスはできただろ……」
「当たり前だよ。俺にも意地はあるし」
リックを慰めながらナリスが笑う。
「自主訓練も付き合うから」
「そうそう。俺たちも手伝うって。な、ダン」
あっけらかんとしたジェットの言葉に頷くダリューン。
少し顔を上げてふたりを見てから、リックは溜息をつく。
「嬉しいけどさ…」
呟き、そのままテオを見る。
「テオ。昼から出れない?」
「俺? 何で?」
急に名指しでそう言われ慌てるテオに、だって、とリック。
「教わるの俺ひとりだから。キツい」
心底からのリックのぼやき。もちろん気持ちはよくわかるのだが。
「でも俺店にいないとだし…」
「あら、午後は私がいるわよ?」
着替えて降りてきたアリヴェーラが割って入った。
「おじいちゃんたちに、昼からは来るなって言われたもの」
「アリーが邪魔ばっかするからだろ?」
呆れたように口を挟むロイヴェイン。
「だって! 私は最初からそのつもりだったんだから!!」
ふいっと顔を背けてふてくされるアリヴェーラに、テオは苦笑する。
どうやら八人がかりとまではいかなかったようだが、それでも教える側が多いのは事実で。
「俺は明日動けなくっても大丈夫だとか言われて。あっちからもこっちからもアレやれコレやれ言われて。身が持たない」
だからお願いというリックに、頷いたほうがいいのかと思った瞬間。
「俺はいいよ? 今回からはテオも別メニューのつもりだし」
テオを見るロイヴェインの口角が上がった。
「ちょっと早めにしごいてやってもね」
「俺は明日動けないと困るんだけど」
「もちろん手加減してやるから」
にんまりとするロイヴェインに嘆息を返し、テオは首を振った。
「やめとく」
「出ないの?」
テオに断られ、再びテーブルに突っ伏すリックを見ながらククルが尋ねる。
「店なら大丈夫よ?」
「それはわかってるんだけど…」
ちらりとロイヴェインを見るテオ。
「本気で明日動けなくなりそうで」
「明日も私はずっとここにいるんだし。多少動けなくても大丈夫よ」
ロイヴェインそっくりの笑みを浮かべるアリヴェーラを半眼で見返し、でも、と続ける。
「アリーは仕込みできないだろ?」
ここにはアリヴェーラがいてくれるとはいえ、訓練に出るつもりなら前倒しで仕事をしておかなければククルに負担をかけるだけだ。
今日の分も遅れ、明日も動けないとなれば、どれだけククルに迷惑をかけることになるのか。
だから無理だと言おうとしたテオを、テーブル席から移動してきたナリスが覗き込んだ。
「今日と明日、俺やろうか?」
「ナリス?」
「俺は今日明日参加しなくても大丈夫だし。こないだみたいな感じでいいなら、指示さえもらえればある程度できると思うけど」
そう笑い、テオを手招きして。
「テオさえよければ行ったげて。リックひとりで受け止めるには、ちょっと周りが熱くなりすぎてるから」
小声でそう言うナリスに、テオは苦笑する。
普段はジェットを窘める側だと思われるダリューンも、実のところジェットと変わらず。
こういうときに止めるのはナリスなのだと、確かに年始にも言われたなと思い出す。
「俺が引き受けられればいいんだけど。残念ながら俺は教えてもらう側に入れなくて」
だからこれが最適解なのだと暗に告げられ。
にっこり微笑むナリスと、面白がっているとしか思えないアリヴェーラと、自分を見て頷くククルと。
三人を順番に見やり、逃げ場のないテオは肩を落とした。
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二百話ありがとう! で書き始めた短編が今朝上げた分で完結致しました!
『前世で恋人だったと言われても』
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