三八三年 動の七日
昼下り。
「ククル〜!!」
ガランと勢いよく扉を開けてアリヴェーラが駆け込んできた。
予定より一日早い到着に、ククルは驚きながらもアリヴェーラを迎える。
「アリー! もう来てくれたの?」
「おじいちゃんたちも会いたいからって! 早く来ちゃった」
カウンターから出てきたククルを抱きしめて微笑むアリヴェーラ。
「ちょっとアリー!! 自分の荷物くらい自分で持てって言ってるだろ!」
ふたり分の荷物を抱えて少し遅れて入ってきたロイヴェインは、抱き合うアリヴェーラとククルを見て溜息をつく。
「またぁ…」
「何よ。今日はちゃんと自分の服着てきたんだからね」
ぼやくロイヴェインにそう言い返しながらも、アリヴェーラはククルを解放した。
荷物を受け取りながら、程々にねと釘を刺す。
わかってるよと眼差しで返し、ロイヴェインはククルの前に立った。
「久し振り…って程でもないかな?」
「そうね」
「ホントはもうちょっと早く来たかったんだけど。じぃちゃんたちに止められた」
そう笑いながら、すっとククルの左手を取る。
「来れて嬉しい」
「ロイ」
その手を口元へ引き上げかけたところでテオの声がかかった。動きを止め、手はそのままにテオを見る。
「テオも。訓練出るよな? 精々しごいてやるから」
「今回は出ない」
「でもテオ、ギャレットさんに頼まれてたんじゃないの?」
そう言いククルが振り返る。
「私なら大丈夫よ」
「私がいるもの!」
続くアリヴェーラの言葉に頷いてから、戻るわねと言ってするりと手を引き抜き、カウンター内へ戻るククル。
少し残念そうにそのうしろ姿を見送ってから、ロイヴェインは今一度テオを見た。
「楽しみにしてろよ?」
瞳に浮かぶ愉悦の色に、テオは息をつき、応えなかった。
お前らは全く、とぼやきながら、ゼクスたちが到着したのはそれから少しあとのこと。ククルを見、ゼクスは安心したように笑みを見せる。
「連絡なしで前倒してすまない。ロイの奴がうるさくてな」
「まぁ儂らも暇だしな?」
「また世話になる」
続くメイルとノーザンもあの騒動のことには触れなかったが、慈しむような眼差しに心配をかけていたことを実感する。
「来ていただいてありがとうございます。早く会えて嬉しいです」
大丈夫だと告げる代わりにそう応え微笑むと、三人も笑みを返してくれた。
荷を置いてくると四人が宿へ行き、客間に泊まるアリヴェーラも二階に上がり。再びテオとふたりになった店内で。
「よかったな」
ぼそりと呟くテオに頷いて、ククルは作業に戻った。
いていいかと言われて断るはずもなく。カウンター席に並ぶ四人と、疲れているだろうに店に立つと言い張るアリヴェーラ。そしてテオと共に、ククルは久し振りに賑やかな時間を過ごしていた。
前回ロイヴェインとアリヴェーラが帰ってからの数日間、テオが宿に戻るようになったことで店にひとりになる時間ができた。
ここは自分の生家で、夜はひとりで寝ているというのに、昼間にひとりで残ることに違和感があり、寂しく感じる自分がいて。
あれ以来ずっと一緒にいてくれたテオにここまで頼り切っていたのかと、我ながら驚いた。
だからなのだろうか、負担になるとわかっているのにもう大丈夫だと言い出せず、今も朝食はテオとふたりで食べている。
両親を亡くしてからも、自分は決してひとりではなかった。傍にいてもいなくても、支え助けてくれる皆がいた。
ちゃんとそれはわかっているのに、隣に誰もいないことが寂しくて。
今日から訓練が終わるまで。賑やかな日々を過ごせることが嬉しかった。
夕方になり、こちらも明日に到着予定だったダリューンたちが姿を見せた。ジェットの姿だけないことに気付いて怪訝そうな顔をするククルに、ミルドレッドに寄っているとダリューンが告げる。
「夜には着くから」
今回はためらわずに頭を撫でるダリューンに、ククルは微笑み頷いた。
「ふたりも。お疲れ様」
共に来たナリスとリックにも声をかけると、ふたりは大丈夫だと笑う。
「前は調査明けだったけど、今回は本部待機だったから! 朝に出ようって言ったんだ」
「リックもだいぶ慣れたからね。早くなったよ」
ほめられて嬉しそうに笑いながら、テオの前へと来るリック。
「もちろん今回も出るよな?」
疑う様子のないその眼差しに、テオは答えずちらりとククルを見て。にっこり笑って頷き返され、嘆息してからリックを見返した。
「出るよ」
仕方なさそうに、でも嬉しそうに返す。
ようやく素直になったテオに、ククルも息をついた。
ジェットが到着したのは既に暗くなってからだった。
「中途半端に調査に行くくらいなら、もう端からこっちに行けばいいってことになってな」
今回初日から訓練に来られた理由をそう説明するジェット。
「ま、ゼクスさんたちともちょっと詰めときたいことあったし。ちょうどよかった」
そうは言うものの、おそらく自分を気遣って早く来てくれたのだろう。
「エト兄さん」
「ん?」
「ありがとう」
礼を言うと、少しきょとんと見返してから。これくらい、とジェットは笑った。




