三八三年 雨の五十日
朝のうちに発つというロイヴェインとアリヴェーラ。
昨日同様四人で朝食を取りながら、ククルは感謝を声にした。
「来てくれてありがとう、ロイ」
驚いたようにククルを見たロイヴェインは、すぐに嬉しそうに瞳を細める。
「俺が来たかっただけだから」
続けて何かを言いかけて言葉に詰まり、迷うように視線をさまよわせてから、ロイヴェインが改めてククルを見つめた。
「顔、見れて嬉しかった」
しみじみ呟かれたその言葉に、心からそう思ってくれていることが伝わって。
まっすぐ見返し、ククルも微笑む。
「ありがとう」
珍しくはにかんだような笑みを見せ、ロイヴェインがまた来るからと呟く。
「訓練、やるって聞いてるから。すぐ来るからね?」
「ええ」
「三日くらい前から来てもいい?」
「ロイ!」
伸ばしかけた手をアリヴェーラに見咎められ、少々キツめの声をかけられる。
仕方なさそうに引っ込めて、ごまかすように笑い。
楽しみにしてる、と告げた。
結局再び謝ることも、好きだということもできなかったけれど。
また怒られるわよと笑うククルを見ながら、それでも、と思う。
怖くないと言ってもらえて、こうして笑顔も見られた。
願えばきりがない。だからもうこれでいい。
十日もしないうちにまた会える。
何なら本当に数日早く来てもいい。
祖父たちだって両親だって、もちろん姉だって、彼女のことを心配しているのだから、上手く丸め込めばできるはずだ。
口説けなくても、それでもいい。
少しでも、傍にいたいのだと。
自分を見返すこの瞳に。
わかってもらえればと。そう思いながら。
出立の準備を終え、アリヴェーラがククルを抱きしめる。
「ありがとう。来てくれて嬉しかった」
「私も来られて嬉しいわ。またすぐ来るから待っててね」
訓練に同行するよう頼まれているのだと、アリヴェーラは笑った。
「ギルドから正式に依頼を受けたの。ここの手伝いをするようにってね」
どうやら訓練中の店の人手不足を解消する為に人員を手配したという扱いになるらしい。
「名目はどうでも。私のすることは変わらないけどね」
浮かべる、愉悦の笑み。
「ホントは報酬にダンと本気の手合わせをってお願いしたんだけど、断られちゃったから。また訓練にも割り込まないとね」
「訓練に来たらここの護衛にならないだろって」
口を挟むロイヴェインを睨みつけてから、護衛じゃなくて手伝い、と訂正する。
「とにかく。またよろしくね!」
「ええ。アリーが来てくれるなら心強いわ」
「ククルったら!」
もう一度ぎゅっと抱きしめてから、アリヴェーラは離れた。
それを見届けてから、ロイヴェインが手を差し出す。
「またね」
「ええ。また」
ためらうことなく取られた手を嬉しそうに見、小さくありがとうと呟いてから。
届けるつもりのない言葉を重ねて呟き、ロイヴェインは手を放した。
静寂の戻った店内。テオはいつものように仕込みをしながら、いつも通りのククルを一瞥する。
本当に落ち着いた様子のククルに、よかったと心から思う。
ロイヴェインとのことは正直気にはなるが、もう忘れたことにしようと思った。
嫉妬で落ち込んだだけの自分を不安そうに見上げ、困らせたのかと聞いてきたククル。
ただでさえ落ち着いてきたばかりの彼女に、もうあんな顔をさせるわけにはいかない。
(…そういえば俺、つい……)
自分のせいかと沈む表情のククルにそうじゃないと伝えたくて、思わず抱きしめてしまったけれど。
嫌がられはしなかったが、顔を赤らめもしてもらえず。
あんな出来事のあとでも拒絶されなかった喜びと、やっぱり家族同然だからなのかと落胆する気持ちと。
ふたつの狭間で嘆息し、両方呑み込む。
自分の隣。いつも通りのククル。
それだけでいいと、思えるように。




