ジェット・エルフィン/記憶
夜になって到着したギルド本部。受付に、事務長室まですぐ来るようにと言付けがあったから、ナリスとリックとはここで解散にして、ダンとふたりで向かう。
中にはもうウィルも来ていて、俺たちを待っていた。
「おかえり。ククルさんの様子はどうだった?」
まずはクゥのことを聞いてくれるギャレットさん。
どんな様子だったかを話して、心配ないと告げる。
「クゥは俺が思ってる以上にしっかりしてました」
ギャレットさんは安心したように頷いて、よかったと言ってくれた。
「この件に関してはまだ報告できることはありません」
ウィルがそう言い、俺たちを見る。
「本題は警邏隊のほうです」
本題というからには何か進展があったんだろうと思ったのに、ウィルからは、元ギルド員で現警邏隊の隊員の名は教えてもらえなかったと言われた。
「何人いるかも不明です。ミルドレッドの警邏隊に関してのみ、ひとりもいないそうですが」
一番欲しい情報はもらえなかったらしい。
「次に。イルヴィナの情報を持ってきたのは、警邏隊本部でした」
「本部が?」
「当時の事務長補佐が覚えていましたが、警邏隊本部に問い合わせたところ、そんな事実はないと否定されました」
どうなってんだよ?
魔物がいれば警邏隊だってギルドに討伐を依頼する。隠すような情報じゃないはずだ。
事務長補佐の記憶が正しいとして。そこを否定するってことは。
「…うしろ暗いとこがあるからか?」
「可能性はあります」
頷くウィル。
警邏隊本部がギルドに流した情報で、二十九人のギルド員が亡くなった。
あまり公にされたくない情報だろうけど、被害が大きかったのはギルド側が杜撰な調査をしたせいだってことは、もう公になってるのに。
それをわざわざ隠す必要があるのなら。
「もう少し調べる必要があるがね」
ギャレットさんが低く続けた。
ようやく見えたうしろ姿。こっちの望む情報につながってることを願うしかない。
「最後にミルドレッドの警邏隊から。指示書が置かれた日は本部からの視察があった日で、外部からの出入りが多くて容疑者を絞りきれないそうです」
「宿舎内にも視察があった、と」
「副隊長のハント・ベレストと、各支部の隊長や副隊長が複数名、加えて案内や事務方もいたと」
…ハント・ベレスト?
何となく耳に残る名に、俺はダンを振り返る。
「ダン、ハント・ベレストって名に聞き覚えは?」
俺の質問に、その場の三人共が息を呑んだ。
「俺はないが…あるのか?」
ダンが知らないならイルヴィナより前だな。
入ったばかりの俺と接点があるのは、同じパーティーか、あとは…。
「…同期?」
「調べます!!」
ものすごい勢いで、ウィルが部屋を出ていった。
名簿を手に戻ってきたウィル。俺がギルドに入った年、確かにハント・ベレストの名があった。
「…翌年すぐに辞めてますね」
「その頃は私も実動員だったからね。どうりで知らないはずだ」
ハント・ベレスト。
名は確かに聞き覚えがあるが、顔も何も思い浮かばない。
宿舎は同じでも、互いに旅生活だと滅多に会わない奴もいる。それに、イルヴィナ以降は自分のことで精一杯で、人のことなんて気にしてられなかった。
ニースなら何か覚えてるかもしれないな。
「ウィルはしばらくハント・ベレストについて調べてくれ。ニース・チェザーグほか、ジェットの同期にもできる限り早く話を聞くことにしよう」
「同席しても?」
「そのほうがいい、というより、私がいないほうがいいかもしれないな」
…というと?
「話を聞くのはジェットに任せる」
含みのあるギャレットさんの笑顔。
「ちょうどいい部屋があるから。そこを使うといい」
思い当たることがあるのか、ウィルが苦笑した。
同期全員に話を聞くまで本部待機になったけど。
何聞きゃいいんだよ??
そんなことを考えながら事務長室を出て、夕食を買いに食堂に行くと。
「ジェット! ダン!」
「ナリス?」
一緒にいるのはラウルたち。
ってことは、ニースも今本部待機だな。明日話が聞けそうだ。
そんなことを思いながら、ナリスたちのところへ行く。
「どうしたんだ?」
「ジェットさん!!」
必死な顔のラウルに、クゥのことだとわかった。
クゥのことは伏せられてるはずだけど、フェイトづてに勘付かれたんだろう。
「何を話していいかわからなくって。待っててもらった」
小声でナリスが説明してくれる。
「わかった。ありがとな」
ラウルには俺から言わなきゃならないことがある。
それを言えばおそらく、何があったかも察してくれるだろう。
人がいないわけじゃないからどうしようかとちょっと考えて。仕方ないからウィルの執務室に連れていった。
「………ジェット」
もちろんウィルには睨まれたけど。
「あの男のこと、最初に気付いてくれたのはラウルだろ?」
そう言うと、ウィルは黙り込んで。
ラウルは何があったか気付いたようだった。
「すまない。ラウルが身体を張ってあの男のことを知らせてくれてたのに、事前に防ぐことができなかった」
そう頭を下げるけど、ラウルからの反応はなくて。
頭を上げたら、もう真っ青になってラウルは突っ立ってた。
「………ククルさんは…?」
…クゥのこと、ホントに心配してくれてるんだな。
「何もなかったとは言えないが、怪我もないし、大事には至ってない。もう落ち着いてるよ」
「……そう、ですか……」
まだ動揺の残る顔で、小さくそれだけ呟いて。
しばらくそのまま立ち尽くしてたラウルは、深く息をついて俺を見た。
「話していただいてありがとうございます」
「いや…。本当にすまなかった」
「こちらからもお詫びを。いただいた情報を活かせず、本当に申し訳ありません」
俺とウィルの言葉に、ラウルは視線を落として首を振って。
「…俺はいいんです。ククルさんが無事なら、それで…」
そう、呟いた。
ウィルの執務室を出て、ラウルと一緒に食堂に戻る。
見るからに落ち込んでるラウル。
直接クゥを見れば少しは安心できるのかもしれないけど、無理な話だもんな。
食堂に戻ってきてから、ダンに預けてた荷物を見て。
もしかしたらと、そう思う。
「ラウル」
帰ろうとするラウルを呼び止めて、アリー用に多めに焼いてもらってた菓子を渡した。
「…これ」
気付いたみたいで。手元の菓子からがばっと顔を上げたラウルは、ちょっとだけ希望が見えたような顔をしてた。
「そのくらい、落ち着いてるから。そんなに心配すんなよ」
またうつむいて、よかったと呟くラウルに礼を述べて。
皆クゥのこと心配してくれてるんだな、と。
嬉しいような、少し妬けるような。
そんな気持ちになった。




