三八三年 雨の四十六日
雨ではないので朝から帰るというジェットたち。見送りに出てきたククルを、ジェットがぎゅっと抱きしめる。
「…無理するなよ」
「わかってる」
「何かあったらすぐ言うんだぞ? いつでも来るからな?」
「わかってるから」
昨日寂しくなると言ったせいか、それ以来どうにもこんな調子で。
心配をしてくれていることを素直に受け止めることにして、ククルはジェットを抱きしめ返す。
「来てくれてありがとう」
嬉しかったと告げると、抱きしめる手が強くなった。
「……すまなかった…」
聞こえるか聞こえないかというくらいの小さな呟き。
自分に何かあればこうして共に悲しんでくれることを再認し、嬉しくも申し訳なく。
「…エト兄さんも、皆もいるから。私は大丈夫」
そうとしか返せない自分がもどかしいが、それでもジェットはありがとうと言ってくれた。
ジェットから離れ、隣に立つダリューンを見上げる。
「来てくれてありがとう、ダン」
「当然だ」
頭を撫でるダリューンの手は、いつも通り優しかった。
「また来る」
「ええ。待ってるわね」
頷くと少し笑みを見せ、ダリューンは離れた。
「ナリスも。レム、嬉しそうだった。ありがとう」
「ククルもレムも。お互いのことばかり心配してるね」
礼を言うと、そう笑われる。
「ちゃんと周りを頼って? ククルはひとりじゃないんだから」
「わかってるわ」
優しい言葉に頷く。ずっと心配そうだった眼差しが、ようやく安心したように細められた。
その隣、少し考え込むリック。ククルの視線に気付いて顔を上げた。
「…俺には言えることないけどさ」
何を言うか考えていたが、どうやら諦めたらしい。リックはまっすぐククルを見る。
「大変だって聞いてたけど、ここに来たときククルが笑ってたから。よかったって思って」
「心配かけてごめんね」
謝ると、違うんだと頭を振られる。
「ククルは大丈夫だって思って、俺もほっとしたんだってこと」
にっこりと少年らしい笑みを見せ、リックは続ける。
「また来るから!」
「ええ。ありがとう、リック」
こちらまで元気になるような明るい声に、ククルも微笑み礼を返した。
ジェットたちが帰り、テオとふたり店に立つ。
しばらく賑やかだったので目立つ静寂は、それでも心落ち着くもので。
こうして日常に戻るのだなと思いながら、ククルは仕込みを続けていた。
「…ククル」
不意にテオが呟く。
「何?」
顔は見ず、野菜を切る手元に視線を向けたままのククル。
いつもは同じように前を見たままのテオが、今日は手を止め、ククルを見つめていた。
「…傍にいるのは、俺でもいい…?」
「テオ?」
思わぬ言葉にテオを見ると、自分を見つめる茶色の瞳と視線が合う。
「俺でもいいなら。次は絶対守るから」
瞳に映る、決意と覚悟。
「泣くような目には遭わせないから」
真摯な瞳で言い切ったテオ。その言葉が沁み込むにつれ、驚きも収まり。
あとに残る温かな思いに、ククルは笑みを見せる。
「…ありがとう。でもね、テオ」
まっすぐに、テオを見据えて。
「私だって。強くなるから」
ククルは初めて己の決意を声にした。




