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三八三年 雨の四十五日

 朝、結局起き出してきたジェットも共に、四人で朝食を食べる。

「あと今日一日いられるから。クゥは何かしたいことないか?」

「私?」

 突然ジェットに尋ねられ、ククルは首を傾げた。

「……お土産のお菓子でも焼く?」

「いや、それはいい」

 先日の騒動を思い出し、ジェットは即座に止める。

 思わぬ強い静止に驚いてジェットを見返したククルは、しょげたように視線を落とした。

「ウィルにも何も渡せなかったからって思ったんだけど…」

 呟くククルからジェットへと目線を移す、ダリューンとテオ。

「したいことがあるかと聞いたのはジェットだろう?」

「ククルにお菓子作るななんて…」

「ふたりして??」

 急に悪者扱いされ、ジェットが声を上げる。

「だ、だってダン、お前だってこないだの―――」

「責任は持て」

 言葉を遮りそう告げられ、ジェットは嘆息し、ククルを見やった。

「じゃあ、ギャレットさんのとこと、ウィルのとこ。ふたつでいいから」



 朝食客が捌け、手が空いたからと作業部屋へ行くククルを見送り、テオは小声でジェットを呼ぶ。

「こないだって、お土産のお菓子のこと?」

 ちらりと作業部屋を見てから、ジェットが前回の土産の菓子の顛末を話した。

「訓練でクゥのこと知ってる奴も増えたから、バレてるかもしれないけど…」

「俺も気をつけとく」

 頼むな、と返したジェットが、じっとテオを見た。

「…ごめんな、テオ」

「ジェット??」

「厄介事ばかり持ち込んで」

 突然の謝罪に驚きながら、テオは苦笑を浮かべるジェットを見返す。

 自分たちはもちろんジェットのせいだとは思っていないし、ジェットも頭ではそれをわかっているのだろう。

 しかしそれでもこんな言葉が口をつく程、ジェットも参っているのかもしれない。

「……厄介、ではあるけどさ」

 ぼそりと呟き、少しだけジェットに近付く。

「…ジェットの周り、ククルのこと好きな奴多すぎるんだよ…」

 小声で迷惑してるとばかりに告げると、ジェットは呆けて見返したあと。

「確かにな」

 吹き出すように笑いながら頷いた。

「でも一番は俺だからな!」

「負けるつもりはないけど。まぁいいよ」

 少し明るい表情になったジェットに心中安堵しながら、テオは再び仕込みに手をつけた。



 仕事を再開したテオを眺めながら、本当に、とジェットは思う。

 ウィルバートからはテオも気に病んでいると聞いていたのだが、実際来てみると励まされるのは自分ばかりで。

(…まだこどもだと思ってたんだけどな…)

 いつの間にか自分の手など必要ないくらい頼もしくなっているのだなと、嬉しくも少し寂しい気持ちを感じる。

 視線を感じたのか、テオが顔を上げ、ついでにと呟いた。

「俺はジェットが英雄でよかったと思ってるよ」

「テオ?」

「ここで訓練ができるのも、俺が鍛えてもらえるのも。ジェットが英雄だからかもしれないだろ?」

 否ばかりではないのだと。言外にそう告げた直後、ジェットを見る瞳が翳る。

「……間に合わなきゃ意味ないけど…」

「テオ…」

「…守れなかった」

 垣間見せた後悔をすぐに嘲笑で覆い隠し、溜息するテオ。

「ごめんはお互い様だから。俺だっていくら謝っても楽になんかなれない」

 諦めた笑顔は、おそらくそれを受け入れたからで。

「だから、もう言うなよ?」

 悔いを受け入れた目の前の少年は今までよりも少し大人びて見え、もう守られるばかりの幼子ではないのだと認めるしかなく。

 庇護下から去ったその手に、もしかしたらいつの日か、己の大事な存在を預ける日が来るのかもしれない。

 本音を言うと、もっと先の話であってほしいが。

「…そうだな、悪かった」

「言うなって言っただろ」

 呆れたようにぼやくテオに、ジェットも笑い、そうだったなと呟いた。



 できあがった生地を窯に入れ、道具を片付け始めるククル。

 明日、ジェットたちが帰る。

 十数日でまた訓練が始まるとはいえ、やはり少し寂しくなるだろうなと思う。

 当たり前のように傍に誰かがいる日々が心地よく、幸せだった。

 瞳を伏せて明日の我が身を思うと、もう既に気持ちが沈むようで。

 今からこれでは、と苦笑したところに、ひょこっとジェットが作業部屋を覗き込んだ。

「クゥ、ちょっといいか?」

 考え込んでいたところに声をかけられて、ククルは慌ててジェットを見やる。

「どうしたの?」

「いや、テオと話してたら、何かアリーにだいぶ助けられたみたいだから。戻ったら礼を言いに行こうかと思って」

 何が言いたいのかはそれでわかった。

「アリーのところはお弟子さんもいるし、多めに焼くわね」

「頼むな」

 笑うジェットに笑みを返し、準備をしかけて手を止める。

「エト兄さん」

「ん?」

「時間、ある?」

 きょとんと見返すジェット。

 明日帰ってしまうから。今日だけは。

「…何もしなくていいから、ここにいてくれない?」

 少し甘えさせてもらおうと、そう思った。



 手伝うよ、と言ってくれたものの、普段一切料理をしないどころかその場に居合わせることさえほとんどないジェットには、すべてを懇切丁寧に説明せねばならず。

 残り時間と相談の末、ククルはジェットの教育を諦めた。

「ごめんね、エト兄さん」

「…いや……。俺も自分がここまでどうしようもないとは思ってなかった……」

 どこか哀愁漂う様子で遠くを見るジェット。

「エト兄さんが育ったのって宿兼食堂よね?」

 どうしても気になってそう聞くと、そうなんだけどとうつむく。

「兄貴とアレック兄さんが手伝ってたから。俺は厨房に入れてもらえなかったんだよな…」

 じっとジェット見て、ククルはそうねと呟く。

「人には向き不向きがあるものね」

「クゥ??」

 非難の声には応えずに、ククルはくすりと笑った。

「エト兄さんにも苦手なことがあったのね」

「俺だって驚いたよ…」

 はぁ…と大きな溜息をつくジェット。

「まぁ、リックたちには内緒にしといてくれよな」

「何言ってんだよ」

 入口から覗いたテオが、呆れたように口を挟む。

「とっくにバレてんだろって」

「テオ。どうしたの?」

「様子見に来たんだ」

 そう答えてからジェットを見る。

「さっきリックが来てて、話したら大変だろって笑ってたから」

「リックが?」

「皆、よく見てくれてるよな?」

 にっこり笑ってのテオの言葉に、ジェットは答えず溜息を返した。



 作業部屋の隅でふてくされるジェットに、悪かったなとククルは思う。

 色々考え込んでいたので、少し甘えて一緒にいてもらおうと思っただけだったのだが。

「エト兄さん」

「どうした?」

 拗ねていても、自分を見る目は優しくて。

 やはりジェットは自分の家族なのだと、そう感じた。

「最後まで手伝ってもらえなくてごめんね」

「いや、むしろ邪魔して悪かった」

 苦笑するジェットに首を振る。

「明日から、寂しくなるから。ちょっと一緒にいてほしかっただけなの」

 素直にそう告げると、ジェットが息を呑んでこちらを見た。

「エト兄さん?」

「クゥ〜〜!!!」

 近付いてきたかと思ったら、むぎゅっと抱きしめられる。

「すぐにまた来るから!」

 少々苦しい抱擁も、ジェットの心配の表れで。

「待ってるわね」

 いつものように背を叩き、ククルは笑った。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ククルからお菓子作りを取り上げたら……。笑  確かに、ククルのお菓子を食べたことがある者なら、味できっとわかっちゃいますね。美味しいものは忘れない♪  ふとしたときにも感じる成長。  …
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