三八三年 雨の四十四日 ①
昼過ぎ、ダリューンとリックが到着した。
「ククル!」
定位置のジェットに頷いてから、カウンターから出たククルの前へと駆け込むリック。
「大変だったって聞いたんだ」
「ありがとう、リック。もう大丈夫」
じっとククルを見返してから、リックは安心したのか笑みを見せる。
「そっか」
それからカウンター内のテオの前へと行き、いつも通り拳を出す。
「テオも」
「ああ」
短い言葉に頷き返し、テオは拳を合わせた。
リックに続いて入ってきたダリューンは、ククルの前で立ち止まり、見上げるククルを見つめ返す。
いつもだったら頭に伸びる手も、今日は動かず。
触れていいのか戸惑う様子のダリューンに、ククルは微笑み、自らその胸に飛び込んだ。
「来てくれてありがとう、ダン」
抱きしめるククルにわずかに目を瞠ってから、ダリューンはふっと息をついてその背に手を回す。
「…無事でよかった」
背に手が触れるだけの遠慮がちな抱擁の後、ダリューンはククルを離して今度こそ頭を撫でた。
「テオも。ありがとう」
次いでカウンター越しにテオの頭を撫でるダリューンに、俺はいいって、とテオも笑う。
ひとしきり再会の挨拶を終えたのを見計らい、うしろに来ていたジェットがふたりの背を叩いた。
「おつかれ。ありがとな」
「ゆっくり来たから大丈夫」
「ギャレットさんから」
ダリューンは荷から出した手紙をジェットに渡し、リックを見た。
「宿に」
「ダン、荷物は?」
ククルに聞かれ、歩きかけたダリューンが振り返る。
「…宿に…」
「ここに泊まらないの?」
きょとんと見返すククルをしばらく見つめてから、ジェットに視線を移すダリューン。
「クゥ、準備してたもんな」
人の悪い笑みを浮かべて告げるジェットに、わずかに眉を寄せる。
「…ジェット」
「準備、したんだもんな」
再び自分を見やったダリューンに、ククルは微笑んで頷く。
「置いてきたら?」
リックがぼそりと呟いた。
結局二階の客室に泊まることになったダリューン。荷だけを置いて、リックと共に宿へと行った。
それを見送ってから、ジェットは渡された手紙を開く。
中には二行だけ。
詳細はダリューンから聞くことと。
ふたりは本当に似た者同士だね、と。
ほかにも紙が入っているのかと封筒を調べるが、その一枚のみで。
自分が本部で話を聞いたのが三日前。ダリューンが手紙を預かったのは昨日のことだろう。その短い間に進展があったとは思えない。
要するに、ギャレットは二行目のそれが言いたかっただけなのだろう。
あとで聞くかと思いながら、ジェットはククルを見る。
ここへ到着したときに泣いただけで、その後のククルは落ち着いていた。
こちらが言い出したことにはいつもより素直に甘えてくれるが、ククルから何かを願われることはなく。それが少し寂しい。
こんなときくらいと思う反面、いつも通りのその様子に安堵もして。
(らしいけど、な)
カウンターの中の姿を見ていると、目が合い何かと尋ねられる。
何でもないと首を振り、怪訝そうな顔に少し笑って。
もう少し頼られたいとは思うものの。
悲しみに暮れてうつむく姿よりは、このほうがいい。
戻ってきたダリューンに話を聞きたいと告げ、店はリックに任せて二階へ上がる。
「…手紙、これなんだけど」
自室で手紙をダリューンに見せると、そのことか、と言われた。
「リックにはギャレットさんから何をされたか以外の話があった。そのあと俺だけ残り、報告書を渡された」
ククルの許可についてはウィルバートも知っているので、向こうで話しておいてくれたのだろう。
「そのあとそいつがどこにいるのかと聞いたら、ギャレットさんから同じことを言われた」
淡々と告げるダリューンを見返すジェット。
「…ちなみに、もし居場所を聞いたらどうするつもりだったんだ?」
「殴りに行くに決まってるだろう」
当たり前のことのように即答したダリューンに、面白そうに微笑むギャレットと苦笑いするウィルバートの顔が脳裏をよぎる。
あとは宿と食堂に確認しておくことがあると言われ、内容を聞いたジェットは聞くまでもないなと独りごちた。




