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三八三年 雨の四十二日

 小雨の降る中、夕方にジェットとナリスがライナスに到着した。

「クゥ!」

 店に入るなりのその声に、ククルは一瞬きょとんとジェットを見返す。

「…エト兄さん」

 促すようにテオに背を押され、ふらりとカウンターから出たククルをジェットが抱きしめる。

「…また、遅くなってごめんな………」

 小さく首を振り、そのままジェットの胸に顔をうずめるククル。

「テオも。大変だったね」

「俺は別に」

 労うナリスにポツリと返し、テオが息をつく。

「レムも参ってると思うから。行ってやって」

「うん。行ってくるよ」

 またあとでね、とナリスが宿に向かった。

 共にしばらく無言だったククルとジェット。

 頭を撫でるジェットの手が、ふと止まる。

「ごめんな、クゥ」

「エト兄さんが謝ることは何もないでしょ」

 顔を上げずに返すククルを、ジェットはもう一度ぎゅっと抱きしめる。

「それでも。ごめんな」

「エト兄さんったら」

 まだ少し沈んだ声ではあったが、少し口調は軽くなり。

 抱きしめ返し、ククルは吐息をつく。

「来てくれてありがとう」

 心からのその言葉に、ジェットの腕に力が入った。



 落ち着いたククルがカウンター内へ戻る。

 もっと大泣きされるかと思っていたジェットは、日が経つにつれさらに落ち着いてきているのかと考える。

 おそらくはテオたちと、すでに帰ったというアリヴェーラのおかげでもあるのだろう。

「テオ。ありがとな」

 前に立ち礼を言うジェットに、テオは首を振った。

「…俺は……」

 口籠るその様子に、ウィルバートから聞いていたことを思い出す。

「クゥを助けたの、テオだって聞いてるぞ」

 もう一度首を振り、うなだれるテオ。

「もっと早く気付ければよかったんだけど」

「そんなことない。テオが来てくれたから、私…」

 口を挟んだククルに、テオは少し笑みを見せ、でも、と呟く。

「次はさせない」

 決意の籠もったその声に、ジェットは少し表情を和らげて頷いた。

 テオの様子も、気落ちしているとウィルバートに聞いていた程でもなく。こちらも同じく落ち着いてきているらしい。

 よかったと思う反面、またもや何もできなかった自分が情けなくもあり。

(…俺が思う程、こどものままじゃない、か…)

 喜ぶべきことなのかなと心中嘆息し、ジェットは宿に行ってくる、と立ち上がった。



「ジェット!」

 受付にいたソージュがジェットの姿を見て駆け寄った。

「こんな時間まで手伝ってくれてるんだな。ありがとな」

 礼を言うと、これぐらい、とソージュは笑う。

「レムはナリスさんと話してる。アレックさんたちは裏にいると思うけど…」

「わかった。行ってみる」

 ソージュに礼を言いアレックを探す。裏口を出る直前で、入ってきたアレックと鉢合わせた。

「ジェット…」

「クゥのこと、ありがとな」

 ジェットの言葉に、アレックは珍しく言葉に詰まり、首を振った。

「…すまなかった……」

「アレック兄さん…」

「ずっと落ち込んでるのよ、この人」

 うしろからの声に、アレックが振り返る。

「フィーナ!」

「あんな格好にされてって。すっかりうろたえて」

「だが年頃の娘があんな―――」

「ククルはひどいことをされたかわいそうな子なの?」

 強い口調でフィーナがアレックの言葉を遮った。

「確かにククルは大変な目に遭ったけれど。周りがそんな態度じゃいつまでも吹っ切れないわ」

 眉を下げるアレックと、突っ立つジェットにそう言い切り、フィーナは息をつく。

「少なくとも。こどもたちの前ではやめてちょうだいね」

 宿へ入っていくフィーナのうしろ姿を見送り、アレックと顔を見合わせて。

「…本当に。こんなときには男親なんか役に立たないんだな…」

 疲れた様子でぼやくアレックに、ジェットも苦笑し、頷いた。



 カウンターの中、ククルは息をつく。

 ジェットが来てくれた。それだけで本当に心強い。

 駆けつけてくれる人々。

 傍にいてくれる人々。

 会えなくとも、心配してくれている人々。

 これだけの人に見守られているのだから。自分は少しずつでも強くなれる。

「よかったな」

 自分の隣、ぼそりと呟いたテオの声。

 いつも通り手元を見ながら、そうねと答えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  幼い子どもはいつまでたっても、可愛かったときのままの印象をもってしまうのですが……。成長している姿は頼もしくもあり、嬉しい反面、寂しいような気持ちにもなりますよね。  ソージュ! 彼も…
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