ロイヴェイン・スタッツ/許されるなら
あの日の報いをこんな形で受けることになるだなんて、思ってなかった―――。
俺がしたのと同じ意味で、ククルが襲われたかもしれない。
じぃちゃんからその可能性を聞いたとき、頭が真っ白になって。
次にククルは大丈夫なのかと思って。
それからすぐに、俺はまた怯えられるようになるのかなって、思った。
やっと好きだと言えたのに。
やっと気持ちを表に出せるようになったのに。
また触れられなくなったらどうしよう、と。
そう考える自分に気付いたとき、愕然とした。
ククルが襲われたかもしれないっていうのに、自分のことばっかり心配して。
―――本当に、俺は。
次の日の朝、アリーがライナスへ行って。
翌日にはまたギルドから知らせが来たからって、じぃちゃんが直接ギャレットさんに聞きに行った。
俺も行くかと聞きに来てくれたけど、怖くて行けなかった。
戻ってきたじぃちゃん、話しに来てくれたけど。
肉体的に怪我はないけど、心的影響があるって説明されたって。
ライナスに行ってたウィルからは、ククルが思ったよりも落ち着いていたことと、途中でアリーに会ったことを教えられて、アリーを向かわせたことに礼を言われたらしい。
やっぱりそういう意味で襲われたってことは、もう間違いなかった。
じぃちゃんが帰って。部屋でひとり。
募る不安と心配に、もうどうにかなりそうで。
もし、許されるなら。
今すぐライナスへ行って、ククルに何があったか聞き出して。
ククルがそいつにされたことなんか二度と思い出さないように。何もかも全部、俺で満たして。忘れさせるのに。
俺とククルがそんな関係じゃないことも。ククルがそれを望まないことも。わかってるし。
ククルに会ってもらえるかどうかも怪しい俺に、できるわけがないんだけど。
―――あの日、俺があんなことをしなければ。
俺は今頃、彼女の傍にいられたんだろうか―――?
次の日になって、ククルから荷が届いて、ホントに驚いて。
受け取って部屋に駆け込んで。
開けてみるとお菓子と手紙が入ってた。
こんなときだっていうのに、お菓子まで? ククルらしいっちゃらしいけど。
手紙には心配をかけた詫びと、元気でやってることが書かれてあって。
最後の一文。またいつでも来てくださいって。お待ちしてますって。
その文字を見て、俺はその場にへたり込んだ。
俺だって、ククルを襲ったことがあって。
彼女を傷付けて、あんなに泣かせたのに。
絶対に思い出してるはずなのに。
それでもまだ、許したままでいてくれるのか?
ぽたりと落ちた雫に、自分が泣いてることに気付いて慌てて拭う。
今すぐ、ライナスに行って。
ククルのことを抱きしめたい。
次の日の夜に帰ってきたアリー。もう暗くなってたけど、連絡を受けたじぃちゃんたちもやってきた。
「ククルちゃんは?」
心配で堪らないって顔のメイルさん。まぁそれはじぃちゃんもノーザンさんも同じだけど。
「ひとまず落ち着いてはいるわよ。ククルにはレムがいるもの」
「一体何があったんだ?」
じぃちゃんが聞くと、アリーは全員を見回してわざとらしく溜息をついた。
「男に話したって、ククルの気持ちはわからないでしょ?」
じぃちゃんたちもアリーを見たまま黙り込んだ。
確かにそうだけど。それでも心配なんだよ。
俺たちの表情を見て、アリーはもう一度溜息をついた。
「触られただけって言っておくけど。ククルにとってはだけじゃ済まないんだから」
触られたってどこを……って思ったけど。詳しく聞くことじゃない、よな。
ともかく。最悪の事態じゃなくて少しは安心したけど。
……ククル、どうしてるかな。
じぃちゃんたちが帰って。部屋に戻るアリーを呼び止めた。
「ありがと」
「別にロイの為に行ったんじゃないわよ」
アリーらしい物言いだけど。いつもより優しくて、仕方なさそうな顔してる。
「よかったわね、ククルに避けられなくて」
「アリー?」
ひょっとしてククルに何か聞いた??
そう思って焦るけど。アリーは肩をすくめただけで。
「手紙、頼んであげたんだから。感謝しなさいよ」
「うん。ありがと」
こればっかりは素直に礼を言う。
アリーは息をついて頷いてから、じっと俺を見据えた。
「すぐに会いに行きたいだろうけど。あんたが行ったら絶対かき回すんだから、もうちょっと落ち着くまで待ちなさいよ?」
「……駄目?」
「これ以上ククルを追い詰めたら、本当に二度と会えなくなるわよ」
本当に真剣な声でそう言われたから。
触られただけって、アリー、言ったのに。
「…ククル、何されたの?」
急に不安になってそう聞くけど、アリーは教えてくれなかった。
「アリー!」
「確かに思ったより落ち着いてたわよ? でもだからって、傷付いてないわけないでしょう」
冷ややかなアリーの声。
「ククルは周りに心配かけたくないから落ち着いてるだけよ」
言われた言葉が胸に刺さる。
俺のしたことを謝りに行った、あのとき。
怒っていたと言いながらも、ククルは俺を責めなかった。
テオですら、俺がククルを泣かせたことを知らなかった。
俺のしたことを誰にも話さず。周りに心配をかけないように泣いてたことすら気付かれず。
ひとりで抱え、辛かったはずなのに。それでも俺を許してくれたククル。
「本当に。おとなしくしてなさい」
アリーはそう言い残して部屋に入った。
残された俺は立ち尽くして。
もっとククルに謝ればいいのか。
そんな状況なのに許してもらえたことを喜べばいいのか。
わからなくなった頭の中、ひとつだけ確実なのは。
どうしようもなく、ククルが好きだってことだけだった。
自室でひとり、考える。
許されるなら、すぐにでもククルに会いに行きたい。
許されるなら、これ以上ククルが傷付かずにいられるように、ずっと傍で守りたい。
でも。どっちも無理なことはわかってる。
もうしばらく、おとなしく待つから。
次の訓練までに、会いに行くから。
そのときには、会えたことを喜んで。
改めて謝って。
許してくれてありがとうって、ククルに言って。
そして、許されるならもう一度。
好きだと言えたらいいんだけどな。




