表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
223/312

三八三年 雨の三十七日

 早朝、開店前の店の中。

 ククルとレムは再びアリヴェーラから身の守り方を学ぶことにした。

 雨なので外ではできず、カウンター内で朝食の準備をするテオに見守られながら手解きを受ける。

 テーブルのある店内ではあまり大きな動きはできないが、そこはアリヴェーラが配慮してくれた。

 こうして教えてくれるアリヴェーラにも。一緒に学んでくれるレムにも。その時間を取らせてくれるテオにも。

 本当に、どんなに感謝をしても足りないと思いながら。

 今の自分にできることは、この機会を無駄にしないことだと言い聞かせ、ククルはアリヴェーラの声に集中した。



 疲れても駄目だから、と程々で切り上げたアリヴェーラ。朝食客が来るまでの間に少し休憩をどうぞ、とククルにお茶を出された。

 テオが朝食の準備を済ませてくれたからと、手紙と一緒に送る菓子を作る為に作業部屋に入っていくククルの背を見送る。

 昨日また身の守り方を教えてほしいと頼まれたとき。『あんな思いをしたくない』ではなく、『あんな思いをさせたくない』と言ったククル。

 被害にあった彼女自身ではなく、彼女を心から心配する周りの為に。自分を守るすべを欲した理由も、どこまでも彼女らしく。

 しかしだからこそ、彼女は真剣で。

 いくら手紙を書いてもらうとはいえ、自分をここへ来させてくれた祖父たちが心配しながら待っている。そう長くは滞在できないが。

 短いながらも精一杯講師役を務めようと決め、アリヴェーラはカップに手を伸ばした。



「ククルは今日何をするの?」

 朝食客が捌けたので仕込みをしていると、食器を片付け終えたアリヴェーラに尋ねられた。

 朝に作った焼き菓子が冷めたらゼクスたちへ送りに町へ行くが、それ以外に特に用事はない。

 そう告げると、アリヴェーラはじゃあ、と笑みを見せる。

「チーズタルトを作りたいの」

「アリーが作るの?」

「ククルがくれたレシピで家でも作るんだけど、ロイのほうが上手くって悔しいから。教えてくれる?」

 思わぬお願いに、ククルは頷きかけてテオを見る。

 何が言いたいかなど聞くまでもないのだろう。テオは笑って、いいよと告げた。

「アリーも手伝ってくれてるし。宿はソージュに任せられるし。正直手が余ってるくらいだろ?」

 こっちは任せて、と言ってくれるテオに礼を言って、ククルはアリヴェーラに微笑む。

「喜んで!」



 アリヴェーラとふたり作業部屋に入り、チーズタルトを作り始めた。

「私もロイもあんまり料理はしないんだけど。その割にロイは上手なのよね」

「ロイは器用だものね」

「そうなのよ! 腹が立つったら!!」

 アリーったら、とククルが笑う。

「私だってそんなに不器用じゃないのに。どうしてなのかしらね」

 首を傾げるアリヴェーラに、そうね、と考えるククル。

「ロイは人のことをよく見てるから。ルミーナさんが作るのを見てて、覚えてるんじゃないかしら?」

 自分もテオに言われたように、やはり見ていると見ていないとでは差が出るのだろうと思い、そう言うと。

 アリヴェーラはまじまじとククルを見てから、くすりと笑う。

「…というより、ここでククルのことを見てるからなんじゃない?」

「えっ?」

「なんてね」

 どこまで冗談なのか、アリヴェーラは笑って次の指示を促した。



 生地を寝かせている間に手紙を出しに行き、昼の営業をしている間に下焼きをする。

 客足が途絶え、落ち着いてから再開した。

「お茶の時間に間に合いそうね!」

 中に詰めるチーズ生地を作りながら、待ちきれない様子のアリヴェーラがはしゃいだ声を上げる。

 嬉しそうなその姿を微笑んで眺め、ククルはそっと息をつく。

 アリヴェーラはおそらく、自分を落ち着かせる為に菓子作りを提案したのだろう。

 訓練中もそうであったが、何かあるとつい菓子作りに没頭してしまう面が自分にはある。

 こうして自分の好きなことをすることで落ち着きを得ていることは間違いなく。

 そのおかげで今までそれなりに平静を保ってこられたのだろう。

 自分の性格をよくわかってくれているようだと、一心に生地を混ぜるアリヴェーラを見て感謝する。

 彼女が心配せずに帰れるように。少しでも強くなりたかった。



 焼き立てのチーズタルトを満足そうに食べたアリヴェーラが、今日の夜はレムも誘って集まろうと言い出した。

 もちろん否はないので頷くと、話してくる、と宿の分のチーズタルトを持って飛び出していく。

 賑やかなその様子を笑って見送ってから、隣で仕込みをしていたテオの視線に気付いてそちらを向いた。

「よかったな」

 目が合うなりそう言われる。

 少し瞳を細めて自分を見るテオは、ここ最近の翳りは薄れ、和らいだ表情で。

 自分が落ち着くことで、テオも少しは安心することができたのだろうか。

 それならよかったと、心から思う。

「…テオ」

「ん?」

「ありがとう」

 何度言っても足りない礼をテオに告げると、急に何言ってんだよ、と少し照れたように笑われた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  アリヴェーラがきて賑やかになったことで、気持ちが他のことに向けられるのはいいですね。  それにしてもテオ。  本当にいつでも見守る感じです。  テオみたいな穏やかな人が側にいたら、安心…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ