ダリューン・セルヴァ/家族
ウィルの執務室を出たあと受付で確かめると、ナリスもリックも明日の帰還予定になっていた。
明日の午前中で買い出しをして、午後からはまた本部でふたりの帰りを待つことにする。
今日は少し早いが夕食を食べて帰ることにして、ジェットとふたり食堂へ向かった。
「…終わりかぁ……」
まだ空いてる食堂内、ジェットが呟く。
「あっという間だったよな…」
「そうだな」
することがないとなると手持ち無沙汰ではあるが、それでもライナスでの日々は楽しく。
「あまりに長い休暇でどうなるかと思ったが。心配する必要はなかったな」
離れ難い思いをしたのは俺だけではないんだろう。ジェットも笑い頷いてる。
「前みたいに年に数度とか。もう耐えられないだろうな…」
少し諦めた声は、そうなるだろうということがわかっているからで。
今回の北西の調査。警邏隊の件が済めば本格的に取り掛かることになるだろう。
そして、そうなればなかなか帰れなくなることは目に見えている。
ギルド員である以上仕方のないことなのではあるが、ジェットの気持ちもよくわかるから。
「…その時は一緒にウィルに頼むか」
ウィルならこちらの気持ちを理解してくれるだろう。
そう言うと、ジェットは少し驚いた顔で俺を見て。
「ダンも頼んでくれるなら心強いな」
嬉しそうに、そう返した。
「じゃ、また明日な!」
おやすみ、と手を上げるジェットに応えてから、俺も部屋に入る。
久し振りの自宅とはいっても、俺の部屋もジェットの部屋も、殺風景もいいところだ。
ライナスでジェットの部屋に入ったウィルが生活感がないと言ったが、おそらくここでも同じ感想を言われるだろう。
それくらい俺にとって家というのは馴染みない場所で。
今回ライナスで客間に泊まれと言われても、宿に泊まるのと変わりないだろうと思っていたんだが。
周りを包む、人のいる温かさと自然な息遣いに、肩の力が抜けるのを感じて。
これが『家』なのかと。俺は初めて知ったのかもしれない。
ジェットと俺は兄弟弟子で。
ククルはジェットの姪で。
ふたりとも俺と血のつながりはないが、それでも俺にとっては特別なんだと改めて感じた。
ひとり息子なのに家業を継ぐのがどうしても嫌で。家出同然にギルドへ入り、その直後に両親が亡くなった。
自分からすべて手放しておいて、取り返しがつかなくなってから後悔して。
あまりに身勝手なことをした俺には、きっともう、家族を持つ資格などないのだろうと。どこかでそう思っていた。
それから二年、ジェットが弟弟子になり、やがてイルヴィナの悪夢が訪れて。
ジェットと共に歩いた二十年、きっと支えられていたのは俺のほうなんだろう。
そしてジェットが恩人と言うククルもまた、俺にとってもそれに等しく。
ジェットと変わらず慕ってくれるその姿に、おそらく自分も救われたんだと思う。
家族を手放した俺が得られた新たなつながり。
今度こそ、失うことのないように。
部屋の中、ひとり見回して。
あの感覚を知ってしまっては、これからは少々寂しい思いもするんだろうなと思いながら。
それでもどこか温かいままの胸の内が嬉しいと、素直に思えた。




